ブリコラージュ@川内川前叢茅辺 <書 抜き書きメモ32>

アラン・バディウ
ドゥルーズ
――存在の喧噪
鈴木創士訳、河出書房新社、1998年

とても遠くから! とても近くから!

彼が数学をとても気にかけていることを私は認めていたが、その数学においてさえ彼の好みは微分学やリーマン空間に向かっていた。彼はそこから強固なメタファーを汲み取っていたのである(そう、メタファーだ、私はあくまでそう主張する)。私はむしろ代数や集合の方を好んでいた。(p. 5)

多の思考は、ドゥルーズにとってずっと前から点検されていた二つの範列(パラディグム)のもとに作用を及ぼすものであるからだ。すなわち、(ベルグソンの系譜のうちにある)開かれた多数性[多様体]についての《生命の》(または《動物の》)範列、そして諸集合の数学化された範列である、これは同じくマラルメ的な意味で《星形の》範列と言うこともできる。従って、ドゥルーズは第一の範列の現代の思想家であり、私は第二の範列をその極限的な諸結果におけるまで守ろうと努めている、と主張するのはそれほど間違ったことではない。(p. 9)


どのドールーズなのか?

ドゥルーズのひとつのイメージがある、同時にラディカルで穏やかな、孤独でうちとけた、生気論的で民主的な。だいたい一般には、ドゥルーズの学説は諸々の欲望の不均質な多数性を奨励し、桎梏なしにそれらの遂行に向かう、と考えられている。その学説は諸差異の尊重と肯定に、このことによって諸々の全体主義の概念的批判となっている、と。ドゥルーズはこの点ではフーコーとさえ相容れず、スターリン主義、毛沢東主義の政治参加から遠ざかっていたという事実が実際にそれを示しているように。彼は恐怖政治を行うフォルマリスムに反対して、身体の諸権利を残しておいたと人は考える。(……)人はまたこうも考える、ドゥルーズが決定的な表象批判を教え、真理の探究を意味の論理に置き換え、生の創造的内在性の名において諸々の超越的観念性と戦う限りにおいて、彼は現代的な(ポストモダンな?)《脱構築》の特徴を帯びている、と。(p. 15)

(……)まず何よりもドゥルーズとは、まさに「一」者と「多」にしたがった「存在」の配分をわれわれは放棄しなければならず、現代的思考を開始する方法的身振りはこの対立の外に位置することだと告げる者であるように思われる。ドゥルーズにとって反復がひとつの主要な存在論的概念であるのは、まさにこの反復が「一」者の永続性としても、同定し得る諸項からなる他としても思考されることはなく、それがこの対立の彼方にあるからである。《反復は、多の類似性と同じく「一」者の永続性ではない》(『反復と差異』、一六四[邦訳、一九七]頁)。より一般的には、《一も多もない》(『フーコー』、二三[二七]頁)のである。 (p. 17)

ドゥルーズの仕事においては、「一」者の形而上学を注意深く同定しなければならない、と。彼自身がその要件を示している。《万人にとってのただひとつの出来事。起こることと言われることにとってのただひとつの同じaliquid何か或るもの。不可能なもの、可能なもの、そして実在的なものにとってのただひとつの同じ存在》(『意味の論理学』、二一一[二二七]頁)のである。ついに《ただひとつの一》に至ること。これが想定された欲望のデモクラシーの実在的基底である。 (p. 18)

正しい選択はけっしてあれかこれかの選択ではない。それは選択することの選択であり、選択と非-選択の間の選択である。選択は、こうして特別に賭けられているあらゆるものから解き放たれて、《外との絶対的関係》(『イマージュ-時間』、二三一頁)として提示される。しかし、このような関係の絶対性とは何を意味しているのか? それは、われわれのうちにあって無機的生命の潜勢力(puissance)が作用を及ぼしているということであり、われわれは「一」者-全体の現実化によって貫かれているということである。その結果、選択はそれが自動的になされるだけになおさら《純粋》であり、実際には、選択されているのはわれわれであり、しかも表象の哲学がそう主張しているようなものではまったくないのだが、われわれこそがひとつの決定の中心、または源である、ということになるのだ。《よく選び、実際に選んでいるのは、ただ選ばれている者だけである》(『イマージュ-時間』、二三二頁)。 (p. 19)

 いかなる思考もひとつの思考-事例の暴力的な衝動のもとでしか始めることはできない。ひとつの原理から事を行うことなど論外である。そしてそれぞれの始まりは、ひとつの特異な衝動であって、同じくひとつの特異な事例も提示する。視界、このように始められることの行き着く先は反復であり、そこではひとつの潜勢的手段の不変の差動装置(ディファレンシャル)が展開されるのである。(p. 26)

1. この哲学は「一」者のひとつの形而上学のまわりに連接される。
2. それは脱所有と禁欲を要求するひとつの思考のエチカを提供する。
3. それは体系的で抽象的である。
私の見るところでは、2と3の二点はむしろどちらかと言えば美徳である。最初のものは複雑であり、すでに私が話した往復書簡においてわれわれが企てていたひとつのdisputatio議論に対して開かれたものである。(p. 29)

「存在」の一義性と名前の多数性

命名と物、意識と対象の間にひとつの志向的なつながりを想定することは、したがって必然的に、「一」者の表現力に富んだ至上権を断ち切ることである。もしこれらの諸様相が、少なくともそれらの間に、「一」者の諸々の様相のうちの一方であり他方であるという最低限の《関係》をもっていると反論するならば、それは「一」者の中性的な平等性しか含んでいないのだから、この関係は非-関係を本質としている、と人は答えるだろう。そして恐らく非-関係の行使において、思考はそれを構成する「存在」にもっとも忠実に《関係している》のである。これこそドゥルーズが《離接的綜合》と名づけているものなのだ。すなわち、「一」者にしたがって非-関係を思考することであり、その「一」者はその非-関係の諸項を根底から分離しつつそれを根拠づけるのである。「存在」の潜勢力としての分離の活動のなかにとどまること。《非-関係がまだひとつの関係であり、より深い関係ですらある》(『フーコー』七〇[一〇〇]頁)事を説明すること、なぜなら非-関係は、分散する、あるいは分離する運動にしたがって思考し、その運動は絶え間なく分離しつつ、「一」者の無限で平等主義的な多産性を明らかにしているからである。しかしこの離接的綜合は志向性の崩壊なのだ。 (p. 36)

ドゥルーズとハイデガーの間のコントラストの真のモチーフは、哲学はただ「存在」への問いだけによって支えられる、という彼らに共通の確信の内部においては次のとおりである。すなわち、ドゥルーズにとって、ハイデガーは「一」者としての「存在」の根本的なテーゼをとことんまでつかんではいない。ハイデガーはそれをつかんではいない、なぜなら彼は「存在」の一義性の諸々の帰結を引き受けてはいないからである。ハイデガーはアリストテレスの方針を絶えず蒸し返してやまない。すなわち、幾つものカテゴリーにおいて、《幾つもの意味において「存在」は言われる》。この《幾つもの》に、ドゥルーズは同意できないのである。(p. 38)

「存在」の一義性のテーゼは、ドゥルーズの歴史哲学への関係のすべてを俯瞰している。実際、そこには彼の仲間、彼の後ろ盾、存在は《ただひとつの声》をもっと明瞭に主張した者たちがいる。恐らくもっともラディカルであるドゥンス・スコトゥス(《結局ただひとつの存在論、ドゥンス・スコトゥスのそれしかなかったのである》(『差異と反復』、五二[六七]頁))。ストア派、彼らはその命題の教義を「一」者-全体の偶発的な一貫性に関係づける。スピノザは言うまでもない、彼にとっては「実体」の唯一性はあらゆる存在論的多義性を阻んでいる。ニーチェ、彼は《一義性を永劫回帰における反復として実在化する》(『差異と反復』、三八八[四四九]頁)。ベルクソン、彼にとっては、いかなる有機的分化も、ただひとつの意味において、「創造的進化」の局所的現実性として言われる。したがって一義性のテーゼを歴史的に《読む》ことが可能である、そしてだからこそドゥルーズは幾人かの哲学者たちの(見かけの上での)歴史家となったのである。つまり、これらの哲学者たちは「存在」の一義性の諸事例であったのだ。(p. 39)


方法

《いくらカテゴリーのリストを“開いて”みたところで、あるいはたとえ表象を無限なものにしてさえ、「存在」は諸々のカテゴリーに即して幾つもの意味において言われ続けるし、それについて「存在」が言われることは、つねに諸差異“一般”によってしか決定されないのである》(『差異と反復』、三八七[四四八]頁)。真の哲学的方法は、カテゴリー配分による「存在」の意味のあらゆる分割を、それがどんなに洗練されたものであっても予備的な形式的切り分けによる「存在」の運動のあらゆる近似値を、どうあっても自らに禁じなければならない。「存在」の一義性と諸存在の多義性を(後者は前者の内在的生産にすぎないのだから)《ともに》思考しなければならないのだ、類や種の、類型や象徴の媒介なしに、要するに、カテゴリーなしに、一般性なしに。(p. 52)

この二元性がドゥルーズの営み全体を貫いていることは明白である。人は一組の概念の無際限なリストを作成できるだろうが、それは能動的なものと受動的なものの大いなる形式的対立によって組織される。すなわち、潜在的なものと現実的なもの、無機的生命と種、分裂症者とパラノイア患者、大衆運動と党、脱領土化と再領土化、ノマドと定住者。ニーチェとプラトン、概念とカテゴリー、欲望とルサンチマン、自由の空間と国家、言表と判断、器官なき身体とフェティッシュ、彫刻と演劇……。現代の特異性をめぐる思考において備給されたこの形式的な一組のゲームは結局のところドゥルーズの真の方法であり、そしてこの方法は欲望する肯定という開放の道を見分け、受動的な疎外の道を捨てることをわれわれに許している、と人は思ったかもしれない。
  そんなことはまったくない。ドゥルーズの哲学言語に、たとえばその自然なレトリックに、能動/受動という二元性の激しい圧力が及ぼされていることは異論の余地がない。しかし彼の努力のすべてはこの圧力から逃れることにあるというのもそれに劣らず確かである。(p. 54)

潜在的なもの

《潜在的》は、ドゥルーズの仕事において、疑いなく「存在」も主要な名前である。というかむしろ、潜在的/現実的(virtual/actual)というノミナルなペアーは一義的「存在」の広がりを汲み尽くしている。だが、われわれは「一」者(1’Un)についてのドゥルーズ的な論理を知っている。つまり、ノミナルなペアーによって指し示された存在論的一義性はこれらの名前のうちのただひとつだけから生じるということを身をもって知るために、「一」者にとっては二つの名前が必要なのだ。現実的な存在者(1’étant)が一義的にその存在を保持するのは自らの潜在性にしたがってである、ということを身をもって知るには、潜在的/現実的という一組が必要なのである。この意味で、潜在的なものは現実的なものの基盤である。(p. 67)

「存在」の動態的な潜勢力の見地からすれば、諸々の存在者が何であれそれ自身よりも本質的な何かに似ているというどんな受け入れ可能な理由もない。諸存在者は「一」者のひとつの内在的産出であって、いささかも相似によって統御されたイマージュではない。それらは、一義的なものの危うい諸々の様相であり、いかなる擬態のヒエラルキーからも最も遠くにあって、それらのアナーキーな共存においてはただ離接的綜合によってのみ思考可能である。《幻影は堕落したひとつのコピーではない。それはオリジナルもコピーも、モデルも複製もともに否定するひとつのポジティヴな潜勢力をうちに秘めている》(『意味の論理学』、三〇二[三二三]頁)。(p. 68)

(……)われわれの世界とはこの世界であり、思考とはつねに在るものについての平等主義的な(困難で、禁欲的な)ひとつの断言[肯定]であるからだ。(p. 70)

人は現在の移ろいのなかに現実的なものを、(「一」者か、それとも「存在」を)容易に認めるだろう。たしかに《過ぎゆく原罪の現実的イマージュと、保存される過去の潜在的イマージュ》(『イマージュ-時間』、一〇九頁)がある。実在的な対象はしたがって正確に時間と同じようなものであり、それは分裂であるか、もしくは二重性である。対象-イマージュは時間である。すなわち、さらにもう一度言うなら、連続的な、しかしただ単にその分割においてのみ有効な創造であると言うことができる。(p. 83)


時間と真理

ドゥルーズにとって時間はわれわれが今から示そうとしているようなものであるために、問題は複雑になっている。
――時間は真理それ自体である
――真理としては、時間は時間的[時とともに移ろうもの]ではない。すなわち、それは完全な潜在性である。
――過去という全体的存在と永遠性の間には識別不能性がある。
したがって、ドゥルーズの古典主義は次のようにして成し遂げられると言っても過言ではないだろう。すなわち、ひとつの本質的な直感にしたがった、しかもとりわけ困難な思考、偽なるものの時間的潜勢力は真なるものの永遠性と同じただひとつの事柄である。その存在の様態が(永劫)回帰であるところの永遠性。(p. 95)

(……)プラトニズムとPseudos「嘘」の弁明に対するニーチェの呪詛を越えて、ドゥルーズが完全に認めているのは、あるいはフーコーがドゥルーズに認めさせているのは、諸々の真理のゲームが実在し、そして《真理はそれを確立するひとつの手続きから切り離せない》『フーコー』、七〇[一〇〇]頁)ということである。彼はこの手続きを離接的綜合と同じものと見なすのだが、このことは完全に容認することができる、非-関係の禁欲的経験であるこの綜合は、「関係」としての真理へと至る、直感の道程すべての避けることのできない出発点であるのだから。(p. 103)

永劫回帰と偶然

真理が記憶であるというのは、同じくこう言われる。すなわち、真理はただ戻ってくることによってのみ到来するもので、それは回帰である、と。そして真理は時とともに移ろうものではなく、時間の存在に同一なものであるというのは、こう言われる。すなわち、その回帰は永遠である、と。
ドゥルーズは自らの仕事の核心を、永劫回帰にかかわるニーチェの創設になる直感を擁護し、展開し、つねによりよく理解することに捧げた、と主張することは可能である。(p. 105)

結局のところ永劫回帰は、偶然の肯定、偶然はただひとつの振り方において肯定されるということの肯定としての「一」者であり、それはすべての投擲の、すべての危険を伴う出来事の能動的な存在として回帰する。しかしまったく同様に、偶然は永劫回帰としての「一」者であると言うこともできる。というのも、そのためにある出来事が危険を伴うものになるのは、その出来事が、回帰するものを、すなわち始めの「大投擲」を、唯一の能動的潜勢力として、総称的潜在性としてもっているからである。(p. 118)


外と襞

今日、あらゆる創造的な哲学的企ては、たとえばドゥルーズのそれのように、時間の諸条件にしたがって次の三つの問いを指示している。すなわち、「存在」についての事情がどうなっているのか? 思考するとは何のことであるのか? 思考することと「存在」の本質的同一性はいかにして実現するのか? ドゥルーズにとって、「存在」は、「一」者として、無機的生命として、内在性として、意味の常軌を逸した贈与として、潜在的なものとして、純粋持続として、関係として、偶然の肯定と永劫回帰として一義的に語尾変化する、とわれわれは言うことができる。そして思考することは、離接的綜合、直感、骰子の投擲、ある事例の禁欲的強制力、記憶の力である、と。(p. 123)

(……)主体と(科学の)参照平面の間のこの必然的な相関関係は、ドゥルーズにとっては、構造的客観主義の支持者と主観主義の支持者のどちらの肩ももつものではない。フーコーの仕事の(人を高揚させる)拘束力のもとに思考しながら、ドゥルーズはある重要な診断をフーコーの功績として認める。すなわち、(科学的な)《諸構造》と(思考ならびに想定された諸々の価値の支えとしての)《主体》が対立しているのは見かけの上だけのことである、という診断である。(p. 128)

思考することと「存在」の直感的同一化は、ドゥルーズにあっては、外がひとつの内を包んでいることが明らかになる地点に至るまで、外のトポロジー的稠密化として成し遂げられる。その時、直感的同一化がそれによってこの包み込みに(外から内へ)従い、ついでその包み込みを(内から外へ)広げる身振りにおいて、思考は存在論的に「一」者の潜勢力と共通の特徴を帯びるのだ。それは「存在」の襞である。(p. 137)

ある特異性

重要なのは、その概念的構築の極限的硬度においてとらえるなら、ドゥルーズは六〇年代以来の知的風土をかたどったすべての哲学的見解のブロックに照らして依然として斜かいにあるということである。ドゥルーズは現象学派にも、構造主義者にも、ハイデガー主義者にも、アングロ・サクソンの分析《哲学》の輸入業者にも、リベラルなネオ-ユマニスト(または新カント派)にもなることはないだろう。またすべてが政治的に決定されるわれわれの年老いた国において同じく言い得ることは、彼はフランス共産党の道連れにも、レーニン主義の変革者にも、政治家らの《撤退》の悲嘆に暮れた予言者にも、啓蒙的な西洋的人権の道徳かにもなることはないだろう、ということである。あらゆる偉大な哲学者と同様に、そして彼の思考の貴族主義と完璧に合致して、能動的な力の評価というニーチェ的な素の諸原理をもって、ドゥルーズはたった独りでひとつの極性を構成しているのである。(p. 148)

ドゥルーズは時ならぬ、一時しのぎの熱狂の人間でも、ニヒリズムの放棄の人間でもなかった。この三十年間の間フランスに置いて重要であったすべての哲学のうちで、たしかに彼の哲学は、内容に関して言えば、われわれの公的生活の極めて対称的な初段階が最も悪影響を及ぼさなかった哲学である。(p. 149)

生は多数の評価を可能にするのだが、しかし生それ自体は評価し得ないものである。陽の下に新しいものはない、と人は言うことができる。到来するものはすべて「一」者の屈折に、「同じもの」の永劫回帰にすぎないのだから。同様に、すべてはつねに新しいと言うこともできる、「一」者がその絶対的偶然性において果てしなく回帰するのは、ただそれ自身の襞の永続的創造を通してだけであるのだから。結局のところこの二つの判断は識別不能である。(p. 149)

顚倒しなければならないのはプラトニズムではない。それは世紀全体の反プラトン主義的明証である。プラトンは復権されなければならないし、しかもまず第一に、共通の形象であり、世論のモンタージュであり、ハイデガーからドゥルーズへ、ニーチェからベルクソンへ、しかし同じくマルクス主義者たちから実証主義者たちへと流通し、そしてさらに反革命的な新哲学派にも(全体主義的な《思想家-首領たち》の最初の人としてのプラトン)新カント派の道徳家たちにも役立つ装置である《プラトニスム》の脱構築によって。《プラトニスム》は、ポスト現代性と同様に現代性の最もらしい大構築なのだ。その一般的な否定的後ろ盾はこれである。 すなわち、プラトニスムは反プラトニスムの略号のもとに《新しいもの》を正当化するためにしか実在しない。(p. 157)


訳者あとがき

アラン・バディウの哲学システムをここで簡略に要約することはできないが、カントール=デデキントによる集合論以降の新しい形におけるプラトニズムの弁明を目論む「出来事」の哲学の構築を目指すものであり、減算的なものの多の実在性による、ハイデガー的閉鎖を斜めに切り裂く存在論がその中枢をなしていると考えられる。フランソワ・ヴァールの言い方を借りるなら、ドゥルーズがニーチェによってベルクソンを救うとすれば、バディウはカントールによってプラトンを救っている、と取り敢えずは言うことができるだろう。(p. 162)

 (2011/12/3)