ブリコラージュ@川内川前叢茅辺 <書 抜き書きメモ7>

アントニオ・ネグリ
『さらば、“近代民主主義”/政治概念のポスト近代革命
杉村昌昭訳、作品社、2008年

親愛なる日本の友人たちへ――日本語版への序文

「われわれは、現代世界のあらゆる新事態を眼前にしている。一つの新事態が起きるたびに、新たな紛争と新たなオルタナティブが出現して、時計の針が進んでいくかのようだ。近代的主権の危機に対しては、「ガバナンス」あるいは「構成的権力」の行使というオルタナティブが対置され、生権力の危機に対しては、「主観性(主体性)の生産」、あるいは生権力の刷新的形態による新たな支配が対置され、また、搾取の私的次元や資本の危機に対しては、「〈共(コモン)(共通のもの)〉の構築」が対置される。われわれは、「構成的権力」「主観性の生産」「〈共(コモン) 〉の構築」といった新しいラディカルな革命的オルタナティブの標語を、言葉のうえでしか知らないかもしれない。しかし、現状を変革する構成的要素は、ある不可逆の方向に向かって強化されているという気がする。」(p. 2)

 

序文――新たな政治の文法づくりの“工房”として

「審美的に不快のものは、けっして科学的に有用ではない。」(p. 17)

 

工房1 近代/ポスト近代の区切り

近代思想における権力概念の同質性
「近代においては、政治的立場が非常に異なる人々のあいだに、驚くべき同質性が見られるということに注目しておきたい。たとえば、マックス・ウェーバー、カール・シュミット、レーニンなどのあいだに、権力の一義的解釈を見出すことができる。そこでは、権力は、常に超越的かつ至高のものである。権力はいわば最高の機械なのだ。官僚主義的自由主義の立場を提起するマックス・ウェーバー、全体主義的な保守主義的伝統を解釈するカール・シュミット、そして、ブルジョア国家の消滅をめざす例外的な革命的継起を体現するレーニン、彼らにとっては、権力は、その根底において同質的な定義を与えられ、ある超越、奥義のようなものとして提示される。」(p. 22)

「ウェーバーにおいては、権力の超越性は、政治的主体の行動分析のなかで、宗教的といってもよい言葉の使用を通して表現されている。そこでは、政治的なものは条件ではなくて使命である。このウェーバーのパースペクティブにおいては、政治的諸価値の相対性と他神性は、政治的経験から権力の超越性への移行という相貌をとる。つまり、政治的なものの存在論的次元が無化されてしまうのである。そうすると、権力は人々が参加すべき現実となり、さらに、その現実を超えて、なにか聖職や殉教者のような様相を呈するところとなる。」(p. 23)

「今日、ウェーバーが根本的にニーチェ的な作者として読まれていることは偶然ではないのである。それは、政治的経験という点では、ある種の現実主義的ペシミズムにとって役立ち、また、もっぱら政治的決定の不都合さや自立と結びついた救済の思想という点では、否認の思想にとって役に立つのである。……ともあれ、こうした理論的なエピソードは、プラトン主義の伝統が、権力や政治的領域の近代的定式のなかにまで、持続的影響を与えていたことを明瞭に物語るものである。」(p. 24)

「ニーチェは、いかなる場合においても超越的なものを固定しながら権力の理想と現実の関係を開くと同時に閉ざし、不純で曖昧な読解をうながす鍵を握っていることになる。ニーチェの世界解釈がペシミスティックで、自然が自らの可能性の浪費を許容し、歴史が自らの力の破壊を許容するとしたら、それは要するに、現実が権力の管理と再生産の論理的必然性に従わざるをえない――まさに「現実主義的に」――からであろう。プラトン流の洞窟においては、世界は影として現れ、相対化されていて、支配されたものとしてしか理解できないのである。」(p. 24)

「フーコーからアガンベンにいたるまで、現代の多くの思想家が明らかにしているように、「生権力」(つまり権力による生の全体性への介入)と「全体主義」(つまり国家による線の全体性への介入)は、少なくとも部分的には共通の場所で作用する。のちにフーコーが、生政治として描き出すものをめぐるヨーロッパの立憲理論のなかで、ドイツの法はある怪物を創りだした。すなわち全体主義としての生権力である。」(p. 26)

「国家社会主義は、全体主義としての生権力の劇的な達成であり、カール・シュミットの論理ではこの政治的なるものは現実となって出現する。シュミットにとって、権力は一種の全体主義的なパノプティコン(一望監視装置)なのである。そこでは、一人一人の市民は生ける神の内部で生き、パノプティコンはついには汎神論の装置となるのだ。」(p. 26)

戦争と権力――「決定の」問題
「戦争(支配者による決定であると同時に、政治的なものの権限としての)が、生権力の奥深い機能と、その絶対的な不都合さを明らかにするものであることは、偶然ではないのである。つまり、戦争は、政治的なものに関する一切の決定の可能性を市民から奪うものと、市民の存在に対して絶対的な影響力を確立しているものとを、同時に明るみにだすのである。」(p. 27)

非物質的労働の登場――「近代思想の」危機の原因(1)
「資本主義システムに対する生きた労働の側からのこの攻撃[組織化された労働全体を持続的に危機に陥れた労働者の反逆的挑戦]への最初の応答は、まず「ニューディール」という[欧米などの先進地域]における「福祉国家」の創設の展開というかたちを取るところなった。つまり、国家や社会が、生政治的な組織化と搾取の形態を課すという方向に向かったのである。」(p. 32)

「われわれは、現在、非物質的労働がヘゲモニーを握りつつある状況(「非物質的」とは、知的・科学的・認知的・関係的・コミュニケーション的・常道的などのこと)に直面していて、この状況は、生産様式や価値化に過程をますます深く特徴づけようとしている。……労働価値説は、生産のために費やされる時間にしたがって労働を計量するというものだが、たとえば認知的労働は、このやり方では計量することができない。認知的労働は、時間という尺度をはみ出す性質、いわばその過剰性に特徴があると言ってもいいものである。……認知的労働の生産品は、自由と想像力の生産品である。認知的労働を特徴づける過剰性は、まさにこの創造性である。」(p. 32)

主権の生政治的定着――「近代思想の」危機の原因(2)
「資本主義の発展を取り仕切る価値法則がなくなれば、それにともなって、労働(非物質的・認知的・常道的・言語的などの)の生産力をありのままに理解する資本の能力は、消滅するのである。ここにおいて、労働の新たな質に対する無知、資本主義的指令のもたらす不安といったものが、新たな不服従と社会的抵抗に直面することになる。つまり、全体的状況は、敵対性の方に向いていくということである。これが、近代と現代のラディカルな相違として確定する第二の現象群である。」(p.34)

生政治と「資本のもとへの社会の実質的包摂」
「われわれが生きてきたこの長い危機のあいだに、われわれはしばしば歴史的発展の「大きな物語」を警戒するようにという警告を受けた。「大きな物語」ののめり込む者に注意しろ、と言うわけだ。しかし、次のような条件から脱却することはむずかしかった。すなわち、十九世紀の終わりから二十世紀の初めにかけて、生権力が生の全様式を従属させるものとして姿を現わしたという認識である。したがって、生は生産的過程の中心にあり、絶対的な可能性の条件をなすという認識である。こうしたことのすべてが明白になりはじめたのである。この明白さは、今日、多くの観点から指摘することができる。たとえば、ベーシック・インカムを要求する不安定労働者、自由にアクセスできるソフトウェアを必要とする情報サービスのオペレーター、子育てのために家にいる主婦、さらなる教育を受けるための時間を要求する学生などのことを思い浮かべたらいい。これらすべての場合において、価値化の家庭の基盤にあるのは、人々(男や女)の生そのものである。」(p.36)

「ポスト近代の思想は、当初、この包摂の手放しの顕揚として姿を現わした。しかし、この思想は、新たな思考法にとどまらず、現実の具体的な再定義でもあったのだ。ところが、なかには、実際に起きていることを現実的に認識しないで、この過程をアイロニカルで皮相な意識で捉えてしまう者たちがいた。それは、ある種の「麗しき」時代であったが、とてつもない無責任の時代でもあった。――つまり、哲学的・歴史的な修正主義が蔓延し、ハイデガー的な重苦しい存在論の美学めかした解釈が流行るといったような、「弱い思考」の時代である。歴史の転換期が、一般に滑稽的かつ悲劇的な性格を有することは、よく知られたことである。」(p.38)

「[ポスト近代における移行の]最初の局面は、おそらく、資本のもとへの社会の実質的包摂、ならびにその政治的構造をなす生権力に対しては、マージナルな抵抗だけがなされるだけで、「オルタナティブは存在しない◆」と認識されることがその特徴である。ジャック・デリダは、まさに余白、つまり周辺的な過剰性に依拠して行動することを選び、贈与の哲学を歓待と友愛の哲学の代えようとした。ジョルジュ・アガンベンは、隔たりに刷新と形象にかかわる諸問題を自然主義的な極端な仕方で摂取しなおそうとした。……しかし、われわれにとっては、これらの読み解き方には、抵抗と権力の関係のある種の逆説的・弁証法的な一義性の再生産が透けて見える。つまり、いずれの場合も、抵抗の機能が胚胎する奇妙な事態を決定するのは権力なのである。」(◆ 英首相だったサッチャーが、自らの推進する新自由主義的な政策の反対する人々に対して発した言葉《There is no alternative》。グローバリゼーション・新自由主義に反対する人々にとって、象徴的な言葉として認識されている。)(p.38)

「われわれが組みこまれている、この資本のもとへの社会の実質的包摂の世界は、もはやいかなる「外部」を持たない。われわれは内部に生きているのだが、といって外部はないのである。われわれは商品の物心崇拝(フェティシズム)のなかに埋もれていて、それを超越するようななにかに救いを求めうる可能性はない。自然と人間は資本によって変えられてしまったのである。他者性への希求は(これは、ローザ・ルクセンブルクからヴァルター・ベンヤミンにいたるまで、重要な伝統としてあった)は、いまや、古びてしまったばかりか、空無なものになったのだ。しかしながら、この物心崇拝(フェティシズム)に覆われた世界の内部から、生きた労働がこれに対する敵対性として出現し、抵抗が構築されるのである。」(p.39)

「今日、社会全体が労働に組みこまれた状況下では、マルチチュードが反逆するのである。フーコーとドゥールーズのあいだで起きたのは、まさに生権力の連合体の周辺から中心への移行であり、かくして抵抗は存在論的な力になったのである。」(p.40)

「ポスト近代」の本質的な思想形成)
「われわれの目から見た「ポスト近代の思想」を、次のような三つの本質的な哲学的形態として要約しておこう。
(a) 近代の存在論に対する哲学的反動、ならびに資本もとへの社会に実質的包摂の承認としてのポスト近代の思想。これは、「弱い思考」と無力な契約主義にしか行きつかない。…… (リオタール、ボードリヤール、ヴァッティモ、ローティーなど)
(b)マージナルな抵抗としてのポスト近代の思想。これは、一種の「商品の物心崇拝(フェティシズム)」と神秘的な終末論の誘惑のあいだで揺れ動いている思想である。…… (デリダ、ナンシー、アガンベンなど)
(c)批判的思想としてのポスト近代。つまり、われわれの置かれている歴史的局面を承認するだけでなく、それに対応する敵対性をも承認する思想としてのポスト近代である。したがって、主体化の空間の再構築としてのポスト近代の思想である。…… (フーコー、ドゥールーズ)」(p.41)

工房2 マルチチュードの労働と生政治的組織

生政治の定義
「生政治は、資本主義と主権のテクノロジーを発展させる諸原理にもとづいて打ち立てられる。他方、このテクノロジーは、時間とともに、最初の形態――規律的な形態――から、次の形態――規律の管理(コントロール)の装置を加えたもの――に変容する。……かくして、生は、以後、権力の管轄内に属することになる。」(p.46)

「生政治という概念は、フーコーの権力概念を基本においてしか理解されないことは明らかである。フーコーにとって、権力とは、決して一貫性のある安定した統一的な実体ではなく、複雑な歴史的諸条件と多様な効果をともなう「権力諸関係」の総体である。すなわち、権力は諸権力のからみあう場にほかならない。したがって、フーコーが権力について語るとき……さまざまな実践や知識、制度などが交錯する相関関係全体を指しているのである。そうすると、権力の概念は、あのプラトン的伝統――これが近代思想のほぼ全般にわたって持続的なヘゲモニーを握ってきたことはわれわれがすでに検証したところである――と比べて、まったく異なった――ほとんど全面的にポスト近代な――ものになる。したがって、主権に関するさまざまな法的モデルは、国家に対する政治的批判にさらされることになり、この批判が、社会体のなかにおける権力の流通の仕方、そしてそれによって引き起こされる従属現象の可変性を明るみに出すことを可能にする。」(p.47)

労働の組織化の変容
「ドゥールーズにおいては、彼が主体性の生産のまぎれもない母体とみなしているもの――社会全体に拡張していく権力諸関係の組織網ではなく、主体化の方向に舵を向けたダイナミックな中心――の移動(位置変化)こそが、この上なく重要なものであると思われる。この観点から見ると、ドゥールーズは、規律と管理、ならびにそこから生じる権力の再定義というテーマについて語るとき、単にフーコーを解釈するだけにとどまらず、フーコーの仕事をわが身に取り込み、その根源的な直感を発展させようとしている。」(p.48)

生政治と生気論
「周知のように、生気論はやっかいな代物である。ルネサンス思想の危機のあと、十七世紀のまっただ中に、近代思想の危機のふところから生気論が出現しはじめたとき、それは世界や社会の矛盾を解決不可能なものとみなして麻痺に陥れた。もっと正確に述べるなら、生気論はこの矛盾の普遍性を公準として世界の本質を規定するにいたるのである。生気論の不鮮明な世界においては、判別というものが存在しえない。生と死は曖昧きわまりない関係のなかに組み込まれている。そこでは、個人のあいだの戦争がもっとも重要なものになり、人間という侵略的動物と、市場によって激烈化した社会との共存――所有個人主義のダイナミズムと言われるもの――が自然の常態として、つまり、まさしく「生」として提示されるのである。」(p.50)

「生」の系譜学へ
「われわれが有効な生政治的言説を構築しようと思ったら、構成的(系譜学的)な観点からこの問題に取り組むしかない。この言説は主体の起源にかかわる一連の装置に依拠しなければならない。フーコーやドゥールーズにおける装置の概念とは、あるなにがしかの時期に権力の状態を特徴づける同質的な実践と戦略の総体のことであるだから、管理(コントロール)の装置とか、基準(ノルム)化の装置といった使い方がされるのである。しかし、生政治の問題は――それが生に対する権力の締めつけであると同時に、権力に対する生の側からの並外れた力動的な反発でもあるために――曖昧さを多分に含んでいるので、装置の概念も同様の曖昧さを引き受けざるをえないようにわれわれには思われる。つまり、装置は、また、抵抗の戦略の名称でもありうるということである。」(p.52)

 

「実証主義的・生気論的な目的論を破壊するためには、ニーチェの全努力を分析しなければならないだろう。その努力の方法は、道徳の系譜学の作成プランに見出すことができる。道徳の系譜学は、一連の主体化の過程であると同時に唯物論的な目的論の空間でもあり、この両者ともが、投企の危険性を受け入れ、自らの主体としての存在の源泉が有限であることを認識している。これこそが、ずっとのちになってから、ポスト近代思想が再生させたスピノザの思想に寄り添いながら、われわれが「脱ユートピア」と名付けた当のものにほかならない。」(p.53)

主体性の生産とは?
主体性の生産は、何はともあれ、常に、自らを過剰の表現として提示する可能性――のみならず、その力――を持っているのである。したがって、それは、生産的な動きのすべてを超越的な形態のもとに再構成しようとする弁証法的な過程のなかに再吸収されえないものなのである。……権力の機構その門が、政府権力の行使から「ガバナンス」の実践に移行せざるをえないとき、決まりきった一方的なやり方で自らのメカニズムを機能させることはできなくなる。主体的生産の再吸収をいくら試みても、新たな生活様式を押し止めることはできない。そうしてみたところで、直ちに、別の抵抗、別の過剰を触発するだけだろう。要するに、これこそが、ポスト近代の社会と政治の機能のなかで、われわれが認識しうる唯一の機械にほかならないのだ。」(p.56)

「この考え[過剰=尺度を超えたものと呼んだ概念]は、労働の組織化の新たな分析の内部から生まれた。それは、価値が創造的行動の認知的・非物質的生産になり、同時に労働価値の法則から逸脱する(この法則を厳密に客観的・経済主義的に理解した場合)ことになったのと軌を一にする。同じ考えは、別のレベルで、生権力の機能と生政治的抵抗の力とのあいだに存在する存在論的非対称からも導き出される。権力が、常に測定可能な場所(そして尺度とそこからのズレが、事実上、規律と管理(コントロール)の貴重な道具である場所)においては、力は、逆に、測定することは不可能であり、還元されざる差異の純粋な表現なのである。」(p.57)

「国家の理論のなかでなにが起きているかに注意を向けよう。そこでは、過剰性は常に権力の生産するものとして描かれる。それは、たとえば「例外状態」という相貌を帯びる。しかし、この考えは一貫性に欠け、グロテスクですらある。例外状態は、権力と抵抗を密接不可分に結びつける関係の内部においてしか定義しえないものである。国家の権力は決して絶対的なものではない。それは絶対的なものとして表象されるしかないのであり、われわれに絶対的なパノラマを提示する。」(p.57)

労働と主体性――特異性と共通性
「われわれが唯物論的目的論と言うとき。それは、あらかじめ決められていて、歴史的発展の物質的条件に対して先行的に存在するような目的因(テロス)を示唆しているのではない。そうではなくて、われわれは、社会的・政治的・経済的な決定条件によってあらためて切り開かれ、表現され、推進され、絶えず再定義される、そして――これが大事なのだが――歴史そのものに対して敵対性をはらんだ目的因(テロス)のことを念頭に置いているのである。歴史哲学が、絶対的に唯物論的であると同時に全面的に内在的でありうるためには、この条件が必要不可欠であることは明白であるとわれわれには思われる。」(p.59)

「周知のごとく、「公式」マルクス主義は、労働力と可変資本を経済法則によって客観的に予示された諸関係の内部に閉じ込めてしまった。しかし、まさにこの必然的な価値をもつ予示――これはプロレタリアの解放の欲望よりもヘーゲル的な技術の概念に似ている――を一九六八年以降、ある種のマルクス主義者たちが粉砕しはじめたのである。そして、ここで、一九七〇年代の実験室としてのイタリアのオペライズモ、インド系のポストコロニアル学派、フーコーとドゥールーズが表出した権力分析といった、それぞれ異なった流れが合流し一体化していくのである。」(p.60)

労働の時間とその尺度
「知的・非物質的・情動的生産(これがポスト・フォーディズム的労働の特徴である)は、過剰性として現出する。抽象的時間――つまり労働の時間的尺度――は、労働自体の創造的エネルギーを理解することはできない。
過剰性は、資本主義関係の新たな形象の内部において、資本に完全には再吸収されえない「自己価値創造」の空間の構成を可能にする。資本にとって最良の場合でも、この空間は、この一群の自立的労働――もっと正確にいうなら、多数の生産的特異性(サンギュラリテ)――を絶えず追いかける一種の「追跡競争(パーシュートレース)」を通してしか回収できない。……商品の生産は、それに過剰性として対立する主体性の生産との追いかけっこになるのである。この過程は、あらゆる資本主義的総合を阻む潜在的に敵対的な装置というかたちを取る。したがって、権力の体制と主体性の体制とのフーコー的な区別は、この資本主義的組織化の新たな現実のなかに丸ごと放り込まれる。それは資本主義的な時間/価値と、労働力の特異的な価値化との分裂として現われる。」(p.61)

「不変資本に対する生きた労働の過剰性は、単に「尺度の適用が不可能」な生産として、つまり量的な測定の「外部」として現出するだけでなく、そうであるがゆえに、困難が出現してやまないのである。これは、むしろ、尺度の適用という考えそれ自体を超えていく生産である。つまり、この生産は、測定可能なものの限界の否定的な乗り越えとして定義されるしかなく、ひとえに生きた労働の力となる――少なくとも、その方向性を――視野に入れることが理にかなうようになる。フーコーとドゥールーズが主体化の過程のついて語るとき、彼らが示唆しているのは、おそらくこのことである。」(p.63)

終わりに
「マルチチュードという概念は、ある構成的な形態(労働と新たな時間の尺度にかかわる全変化がわれわれにもたらした特異性(サンギュラリテ)・発明・リスクといったものの構成形態)と権力実践(今日、資本が労働価値の破壊を行なうことを余儀なくされているという傾向)との関係から派生したものである。しかし、かつて資本は多数多様な特異性(サンギュラリテ)を有機的で統合的なもの――階級・国民・大衆・集団といったような――に還元することができたのだが、今日そのような過程は、奥深いところから衰弱をきたしている。つまり、それはもう機能しないのだ。したがって、マルチチュードは、必然的に、非有機的・差異化的・力動的な多数多様性として構想されねばならないということである。」(p. 64)

工房3 グローバリゼーションと集団的移動(エクソダス)――平和と戦争

グローバル化の不可逆的正確と政治的諸概念の変化
「われわれが不可逆的という言い方をするとき、それはフォーディズム的生産ならびにケインズ的市場の諸条件や展望をふたたび打ち立てることは客観的に見て不可能であるということを意味している。……
第二に、不可逆的という言い方で、われわれは、労働環境という点、ならびに社会的結びつきの構成という点から見て、主体的行動が変化していることを示している。……
第三に、グローバリゼーションは、近代国家の空間的な限定を破壊する。したがって、民族国家の危機と、それに付随する国民とか主権といった概念の危機は、グローバリゼーションによって不可逆的になる。」(p. 67)

「近代政治思想の起源には機能的合理性を見出すことができるが、いまやグローバル社会の内部では、生政治的理性が指し示す指標と生権力の規準に従って思考しなければならないのである。生政治的理性に指標について語るとき、われわれは、理性・情動・真理・コミュニケーションといったものの綜合を直ちに規定しうる知識を念頭に置いている。また生権力の規準について語るときは、この生政治的理性ならびに生一般をラディカルに管理する企てについて述べているのである。ここには、検証すべき矛盾・ずれ・偏差といったものがいくらでもあるだろうが、いかのことだけは強調しておかねばならない。生政治的装置と生権力の規準との関係は、知識と論理のすべての次元の位置関係を決定的に変化させるということである。」(p. 69)

「こうした国々の開発の遅れは、全面的に、古典的理論において規定された帝国主義の機能からつくりだされたものであるということだ。しかし、これにさらに次のような事態が加わった。すなわち、植民地における人種的・宗教的な生権力の組織網がつくられ、これが中心部の権力の規則を複雑にしたということである。帝国主義を特徴づけたのは、商品の輸出と絶対的剰余価値の蓄積というよりも、むしろ植民地主義的・帝国主義的な規則の機能様態と同質同体化した生権力の恒常性である。帝国主義の機能的合理性は、この場面で、その征服行為を全面展開し、とてつもなく強化していったのである。」(p. 70)

「植民地化された国々においては、他のどんな場所においてよりも、枝分かれした生権力と、それに敵対する、生権力にひけを取らないほど強力で広がりをもった運動の共存が、突出的に姿を現わしたのである。」(p. 71)

ポスト近代か? ハイパー近代か?
「ハイパー近代という考えのなかには、ハイデガー的か社会主義的かはよくわからないが、近代的な発展の形式と技術の乗り越えがたい性格を認めるモデルが含まれている。このモデルは、逆説的にも、自らが対立するものとの歴史的連続性を肯定するまさにその瞬間に、別の諸価値や別のパラダイムを作動させる可能性を否定してしまう。ところで、近代とそれに続くものとの断絶は、単に時間的次元に属するものではなく、何よりも実質的なものである。この断絶は、経済的発展の中身そのもの、その諸価値、もっと一般的にいうなら、主体的装置の強度にかかわってくる。そうであるがゆえに、「他性」は発展を未発展に対置するところに成り立つのではなくて、「別の」発展を未発展に対置するところに成り立つのである。」(p. 72)

グローバルな統治(ガバメント)の危機
「この[資本主義的発展の法則と尺度形態の]危機弐室を、反植民地革命の時期に第三世界諸国によって提起されたオルタナティブにしたがった解釈の流れにそって把握しなければならないのである。資本主義的発展との密接なつながりの重圧と、搾取に依拠した資本蓄積とによって押しつぶされた啓蒙的理性に取って代えて、いまや、発展の仮説を共同体的価値、非ヨーロッパ的文明形態、あるいは西欧的な消費者主義にまだ従属していない欲望といったものの再獲得と再確立に結びつけようとする生政治的理性を対置しなければならない。」(p. 75)

「注意すべきは、この対置、この資本主義的発展に対するオルタナティブは、ひるがえって西欧にも影響を及ぼさずにはいないだろうということである。なぜなら、グローバリゼーションにともなって、国民国家の帝国主義的行動の限界が現われ、労働と生産の性質が社会的なものになり、生と欲求と欲望の根源的諸要素がふたたび登場しようとしているからである。歴史的に述べるなら、われわれは、いま、おそらく、このような価値の法則の危機――そして、それにともなう啓蒙主義的な資本主義理性の危機――の動きの変容と同質化の過程のまっただ中にいるのである。」(p. 75)

「例外状態」と新たな戦争――「秩序的戦争」
「こうした状況のなかで、戦争が唯一可能な解決策として姿を現わす。戦争による平和、つまり平和は戦争を通してしか可能ではない、ということだ。発展が自動制御し自己価値化することを可能にする内的な指標が消滅すると、強者の暴力が規準を打ち立てることになるのである。……すなわち例外状態がいたるところで宣言されることになるのである。」(p. 76)

「生産にかかわる諸構造やその位階序列の機能的性格の規準性(それがまやかしであろうとなかろうと、有効に機能しさえすればよかったのだ)の代わりに、警察力の行使をグローバルな次元で展開する方向に向かうのである。このポスト近代への移行期に、近代の戦争構造は中央で警察が取り仕切る構造に代わり、軍隊は兵士集団・傭兵部隊に変容するのである。そして、われわれがすでに見たように、警察力の行使(警察(ポリツァイ)学)は生政治的組成の内部で遂行されるために、この新たな戦争は「秩序的戦争」(……これは秩序を構成する戦争という意味である)に変容する。」(p. 77)

帝国戦争による新秩序の三つの姿
「この新秩序は次のようなものとして姿を現わす。

  1. 国境の解体/消滅
  2. 国際法の疲弊/終焉
  3. 彼方を支配する必要」(p. 79)

「国民国家がなければ、働きかけるべき権力空間を特定することが不可能になるとして、国民国家の乗り越え不可能な性格を支持する議論――ヨーロッパにおいてよく見られる――がるが、資本主義を変革しうる行動を可能にする権力空間を、国民国家が決定しているとみなすものであり、グローバル秩序と国際組織の変革という観点からして誤った断定であるばかりでなく、根底的に反動的な見解であることは、われわれには明白だと思われる。実際には、国民国家は、生権力の世界的ネットワークの内部に位置している。つまり国民国家は、生権力の結び目と組織網を同時に管理することができる、地球の主人たちに帰属しているのである。」(p. 81)

「このような「尺度外」を認識し、共同的生産力の過剰性を自覚することによって、新たな生の地平、新たな人間概念を創りだすことが可能になる(是が非でも可能にならねばならない)。実際、もはや「外部」は存在しない。「彼方」しか残されていないのだ。いまや、「他者」すらもが「彼方」の形態をとって現われるのである。非物質的・認知的な生産の時間は過剰性の時間である。それは他者との関係における構成的な時間である。」(p. 82)

 

工房4 公と私を超えて――〈共(コモン)〉へ

マルチチュード概念への二つの異論
「マルチチュードを主観的に有効化し、客観的に敵対的にするのは、マルチチュードの内部からの〈共(コモン)〉の出現である(これは生産的観点からも政治的観点からも同様に言えることだ)。われわれが言いたいのは、生産の観点からすると、今日、〈共(コモン)〉はあらゆる社会的価値化の条件であり、また政治的観点からすると、それは主観性が組織される形式そのものである。したがって、もはや行動の統一性を探究することが問題なのではなくて、重要なのは動的編制(アジャンスマン)の一貫性が作動していることを示すことなのである。」(p. 89)

〈共(コモン)〉とは?
「生産の観点から〈共(コモン)〉を定義する場合、次のことに留意しなければならない。マルチチュードを労働力とみなすとき、生産組織の新たな共通的同質性が存在するという前提に立って、ならびにその共通的同質性が変革力をもっているという認識を前提として、これを把握することである。したがって、ある共通の物質的下地、存在論的な構成を持つつながりといったものが存在していて、そこを起点にして非物質的・認知的・協働的な生産が価値化のプロセスを通して組織され、それが主導するかたちで他の生産諸形態を回収するのである。」(p. 90)

「ここにおいて、資本のもとへの労働の実質的包摂は大きく変化する。たとえば、農業においても、人は、ますます複雑かつ精緻になる情報処理の労働――種子の分析から気候の観察にいたるまで――に従事するようになっている。他方、女性労働の伝統的な形態とみなされていたもの(家事・介護労働・子育てなどの情報労働)は、ますます一般的な労働組織システムのなかに組み込まれ、生産性の増大にも明瞭な影響を与えるほどになっている。さらに、このようなかつては労働から除外されていたものを取り込みながら労働圏が拡張していくなかで、価値化全体の重心が、これまで非生産的とみなされてきた諸活動に向かって移行することになった。……最後にもう一つだけ例を出すと、サービス部門における経済と労働の組織化は非物質労働が主導権を取るという事態をもたらし、実際、これはあらゆる生産領域において不可逆的に進行するものと思われる。」(p. 91)

「したがって、保証給与つまりベーシック・インカムの要求が、こうした社会的生産に対する共通のヘゲモニーと、おのおのの労働主体が社会的生産にもたらす特異的な内容の価値化とに同時にかかわる考察という形態のもとに姿をあらわすことになるのは、偶然でもなんでもない。」(p. 91)

「しかし、〈共(コモン)〉は、単に、このように客観的に同質化された非物質的かつ協働的な労働の次元を定置する基盤であるだけではない。〈共(コモン)〉はまた、とりわけ、ある持続的な潜勢力・生産力であり、変革と協同の力能でもあるのだ。すると、マルチチュードは、客観的基盤(物質的・非物質的な諸力によって構成された蓄積としての〈共(コモン)〉)と主観的基盤(常に限界まで押しやられながら、常に再発信される価値の生産としての〈共(コモン)〉、主体化の過程の結果としての〈共(コモン)〉との節合として定義することができる。……この主観性の新たな表現は、より独立的、より自立的で、生産過程の内部そのものから敵対的な形態を構築することができるものであり、これが〈共(コモン)〉の創造を触発することになるのだ。」(p. 92)

「われわれとしては、〈共(コモン)〉は、本質的に、生きた労働(労働力・可変資本)が独自の仕方で動く開かれた領野として定義されうると言わねばならない。それは自立した主観性の生産の結果と、特異性(サンギュラリテ)の協働の結果とが、蓄積され、強化される場である。〈共(コモン)〉とは、不変資本(資本一般)から独立して、不変資本に逆らう労働力(可変資本)によって生産されたあらゆるものの総称なのである。」(p. 94)

マルチチュードの行動的統一とは、マルチチュードにとって実現可能な表現の多数多様性にほかならないからである。この問題を経済的観点(労働・資本蓄積・搾取の分析)からでなく、政治的観点から考察すると、マルチチュードの行動のなかに枝分かれして広がるこの差異は、欲望の差異の表現であり、指令の過程の統一性とはなんの関係もない主観的な要求の差異を表現するものである。……〈共(コモン)〉は、何らかの結果としてではなく、活動の形態として姿を現わすのであり、管理の濃密化としてではなく、あくまで動的編制(アジャンスマン)、開かれた持続性という形態で現出するのである。」(p. 95)

法のカテゴリーの変容
「個人的権利自体が公的な個人的権利として位置づけられたときに、大きな逆説が出現する。これは、個人的権利(特異的な要求に対応する権利)は、それがあらかじめ公的のものにされていないかぎり――別の言い方をするなら、国家の権威によって諸個人に与えられ、またその権威によって予示され定義されていないなら――、ブルジョア法によって受け入れられないと言うことを意味する。……
ところが、いまや事態は異なっている。ポスト近代への移行のなかで、法の伝統的カテゴリーの延命が困難になり、このカテゴリーと現実との関係が解体しかけているのである。私法と公法への分裂、私的所有と公的所有への分裂が、ますます明白な仕方で危機に陥ることになった。これは、単に、絶えず増大している私企業化(民営化)の過程、あるいは公法の私法への行政的吸収の過程――これがガバナンスと称される活動の一般原理となった――を考察すればよいという問題ではない。」(p. 97)

「資本主義的指令は、もはや、私的な搾取や所有のためにあらかじめしつらえられた機能的構造として姿を現わすことはい。このようなコンテクストにおいて、資本は、いわば事後的に、主体の直接的・無媒介的・表現的な活動を把握しようと試みる。かくして、情報通信テクノロジーや生のテクノロジーの資本主義的搾取は、原理的にも日常実践的にも、全面的に寄生的なものになった。……ここにおいて、資本にとっては、もはや公的のものと私的なものの分離を回避したり迂回したりするのではなく、とにかく〈共(コモン)〉――先ほどわれわれが見たように、共通の活動という意味における――を利用するしかない。」(p. 98)

公/私の危機と〈共〉
「すでに一九七〇年代に、ハーバーマスは、公共空間というカテゴリーをつくって、それを世論の主観性に節合しながら、公的なものと私的なものの関係を超越論的な仕方で――行使を貫く相互作用を強調しながら――再構築しようと企てた。したがって、ハーバーマスは、〈共(コモン)〉を企の的な適用に結びつける(細分化する)ことができるような超越論的な定義をほどこそうとしたのである。ここにおいて、われわれは、ドイツのハイパー近代思想のもっとも押し進められた限界――あるいはもっとも明白な前提――に遭遇していることは明らかである。
同様に、アメリカ合衆国においても、共同体主義派(コミュニタリアン)(チャールズ・テイラーからサンデルにいたる)とよばれるもののなかで、〈共(コモン)〉という主題が大きな広がりを見せた。しかし、そこにおける〈共(コモン)〉のていぎは、組織的な規準をもとにして構築されたものである。それは現実には、福祉国家に内在している公的な性格を持つ傾向性を変形し固定化するといったものであった。……
これとは逆に、われわれが提起する〈共(コモン)〉の概念が、公的なものと私的なものとのいっさいの起源的分離の拒否、そしていったん分離してからのあらゆる再構築の拒否から生まれたものであることは明白である。マルチチュードという概念は、特異性(サンギュラリテ)総体、無限の特異的活動を結び合わせる協働的な織物(組織)の総体を指す。」(p. 98)

法のカテゴリーの変容
「[フランスの]映画演劇関係の不定期(不安定)労働者が、今世紀の初めから、公共サービスの新たな概念を追求してきたことを闘争のなかで提示した。すなわち、〈共(コモン)〉の確立とその発展としての公共サービスという概念である。したがって、公共サービスへの権利は、国家によって市民に与えられるものではなくて、逆に、非物質的・認知的労働によって社会的・政治的に要求されるものなのであって、そこには、必然的に協働的な能力がかかわっているのである。」(p. 101)

「市民法は公的なものを私的なものの発展とみなすが、社会主義もまた、これと同じ考え方のなかに位置づけられる。社会主義的改良主義(つまり広報を私的な生産諸関係の修正にまで持続的に広げようという考え)にしろ、革命的社会主義思想(つまり権力の獲得を起点にして社会的再生産の公的諸条件を構築しようという考え)にしろ、いずれも、資本が編み上げた毛布のなかで眠っていることにかわりはない。公法は常に生権力の表現として提示される。逆に、一般法は常にマルチチュードの生政治的表現として提示されるのである。

したがって、われわれがここで強調したい考えは、以下のようなものである。〈共(コモン)〉は――〈共(コモン)〉の要求、〈共(コモン)〉の承認、〈共(コモン)〉の政治は――私的なものと公的なものとを媒介する能力をもつ第三の道を体現するものではなくて、資本の管理に対して、ならびに資本(つまり生産手段の私的そして/あるいは公的な所有)が共同生活やそこで表現される欲望におよぼす影響との関係において、敵対的かつ代替的なものとして提示される第二の道なのである。一般法は、搾取――それが私的なものであれ公的なものであれ――の根絶と、生産のラディカルな民主化とをもとにしてしか考えられないのである。」(p. 101)

金融経済は「資本主義のコミュニズム」か?――金融対マルチチュード
「資本主義の発展の初期における、労働の「形式的包摂」の継起は、株式会社の発展――マルクスはこれを「資本の社会主義」と定義した――に符合するものであった。……今日、われわれが眼前にしている金融化は、一種の「資本のコミュニズム」であろうか?」(p. 103)

「ここで、もう一つの別の仮説を提起することができるだろう。現代においては、資本主義的合理主義は、金融のメカニズムを通して、資本主義の発展の度合いを測る能力を再構築しようとする。ここで、われわれがすでに見たように、労働価値の法則と結びついたときに危機に見舞われた尺度の概念が、金融的な措置が実質的な価値化の過程に対応することができるという幻想をもたらすようなかたちで再構成される。そうであるはずがないのだが、資本主義の幻想は強力であり、その指令の有効性はさらに強力である。いずれ、マルチチュードが金融化の過程に介入することができる形態を構想しなくてはならないだろう。」(p. 103)

終わりに
「〈共(コモン)〉の再構築というわれわれの問題の全体を見渡してみると、われわれは「共通の名前」(共通概念)というスピノザ理論へと、つまりこの概念の物質的構築と実践、この概念を社会的存在として組織し発展させる次元へと引き戻される。」(p. 105)


工房5
マージナルな抵抗としての「ポスト近代思想」批判

「ポスト近代思想」の脆弱性
「〈たしかにポスト近代の時代における批判的過程の発展は長期にわたって重要な位置を占めてきたが、それが本質的に否定的で破壊的なものでありつづけていることにかわりはない。そして、もちろんこの否定性が批判の中心的な要素となってきたのであるが、それは過去と距離をとり、断絶しなければならなかったからである。しかし、……われわれとしては……あらゆる建設的なオルタナティブを、同時に考慮にいれていこうと思う。」(p. 108)

「近代の形而上学がそれ自体として哲学と政治との交錯以外のなにものでもなく、またその最終結果――「政治的なものの自立」という概念――が、近代とポスト近代の双方に背くものであることを考えるなら、この哲学と政治の往復運動の必然性はいっそう明白であるといえるだろう。……われわれにとって、政治は決してすべてを包み込むものではなく、力関係と抵抗の戦略において不可避的に二重性を帯びるものである。したがって、「政治的なものの自立」は、権力自身の抱く幻想なのである。」(p. 109)

リオタール、ボードリヤール、ヴィリリオ
「彼ら[リオタール、ボードリヤール、ヴィリリオ]にとって、生の地平は資本主義の全面的な影響下におかれている、つまり生権力が歴史と社会の生政治的な組成全体を植民地化し占拠しているからである。言いかえるなら、生の地平は絶対の乗り越え不可能なテクノロジー的な偏流と効果によって満たされているからである。したがって、彼らによると、もはやどうすることもできなのだ。……彼らの思想は、……近代のネオ資本主義的なイデオロギーを前提とし、それに従属した一種の極端な区圧巻主義的・経済主義的マルクス主義の様相を帯びることになる。」(p. 109)

「成熟した資本主義に対するこの最初のポスト近代的な認知の仕方の、これ以上こだわる必要はないだろう。ここで重要なことは、生権力の全体主義的な効果の全体性を認識することである。一方、そのなかで、もう古びて支持できないのは、「資本の能登への社会の実質的包摂」の使用に対する批判の弱さである。……
この批判の「弱さ」は、現実に対するポスト近代的な統覚と呼ばれるものの根源的(無道徳的・表面的・自己弁護的・個人主義的)な特徴となる。そこには。もはや使用価値もなければ、商品の世界における(に由来する)いかなる可能性もなく、われわれの知や精神自体が決定的に商品に変えられてしまうのである。……ポスト近代の現象学は、現実的なものの唯物論的認識を横領しながら、想像力の喜びと反逆の力を忘却する。こうして「弱い思考」は生まれたのである。」(p. 110)

「弱い思考」――ローティー、ヴァッティモ
「リチャード・ローティーやジャンニ・ヴァッティモは、「弱い思考」の現象学的なバージョンというよりは、その政治的バリエーションと言えるだろう。そこで問題となっているのは、危機の大きさを現象学的に示すことよりも、むしろ敗北の広がりを道徳的に示すことだった。弱い思考は、北アメリカであれヨーロッパであれ、悔悛した思想であり、怨恨に満ち、一九六八年五月の事態に罪悪感を抱いているのである。……「弱い思考」は、近代とポスト近代の区切りを、悔い改めた日和見主義的な仕方で政治的に表現したもの以外のなにものでもないのである。それゆえ、その政治的・感情的・道徳的な性格は、その存在論的価値よりもはるかに強調されるべきものであるといわねばならない。」(p. 112)

「周知のごとく、西欧の改良主義的社会主義の危機と、東側の「現存社会主義」の危機とは、同時進行した。おそらく、「弱い思考」の唯一の功績は、西欧の改良主義を見舞った悲劇的な幻滅と、東のマルクス主義の危機から生まれた新自由主義への情熱とが、架橋可能であることを示唆したところにあるだろう。」(p. 112)

ポスト近代の法・政治思想――ルーマン、ハーバーマス、ロールズ
「「公共空間」と「世論」というテーマが、ここでまやかしの機能を果たす概念として呼び出される。この三人の著述家は、ともに否定的な区切りを極端なまでに一貫して自覚している。つまり、彼らにとって、この区切りは、中断であり間隔であり空っぽの空間であって、これをふたたび覆わなければならないということである。なにをもって覆うかと言えば、政治的表象の空間と新たな主権形態に空間によってである。……とにかく、この三人の著述家は、逆に、近代の国家理論を強化し、なにものにもかえがたいものにしようとするのである。」(p. 114)

 

「ルーマンにおいては、この移行は、システム論的な仕方で定式化される。ロールズにおいては、契約論的な仕方で定式化される。ハーバーマスにおいては、半カント的・「半青年ヘーゲル派的」な奇妙な超越性によって特徴づけられる。三人のいずれにおいても、問題は世論という幻想的なイメージに現実的な一貫性を与え、公共空間に倫理的な形態を付与し、したがって、社会、国家、とりわけ政治的表象に関する「民主主義的」概念を強化することである。」(p. 114)

「使用価値」をめぐるポスト近代思想の態度
もはや外部はない、これはわれわれが幾度も繰り返してきたところだ。われわれが支えとすることができる自然や価値は、もはやないのである。しかし、行動する可能性、したがって相対主義を破壊する可能性はある。そして、主観性を生産する可能性はある。ポスト近代の哲学の登場にともなって、世界は改めて現代化した。いまや、その主体性を建設しなければならないのである。」(p. 116)

「生活様式の変容を特徴づける人類学的歴史や実体的時間のなかで、使用価値は、たしかに継続的に変化をこうむりはするが、革命を計画するための政治的構成(世界のラディカルな変革)においては、常に根源的な基本要素でもあるものとして位置づけられてきた。使用価値の終焉と商品への物心崇拝(フェティシズム)は、同じことを意味するのではない。……マルクス主義からわれわれに残されているのは、まさに抵抗と闘争の機能を担うものとしての使用価値にほかならないのだ。
したがって、資本の物心崇拝(フェティシズム)的変化に対立するのは、労働力の生政治的変貌(技術的・政治的・存在論的な)である。使用価値を見出したいと思ったら、自然のなかにではなくて、歴史や闘争、あるいは生活様式の持続的変容のなかに探しにいくことである。使用価値は、常にさいこうちくされるものであり、それは「無限の」力をもった価値なのである。」(p. 117)

スピノザ、ハイデガー、フランクフルト学派、ベンヤミン
マルクスが言ったように、「使用価値は生きた労働なのである」。」(p. 119)

「スピノザは、存在の密度のなかに、存在それ自体を刷新する「デュミナス」(ダイナミックな潜勢力)があることを認めていた。……「デュミナス」とは生きた労働のことである。しかし、生きた労働は使用価値だから、それは使用価値の刷新でもある。ここでわれわれがつけくわえようとすることは、メタファーであることをやめ、ポスト近代思想の文献学(もっと正確にいうなら、「系譜学」)になる。
しかし、残念なことに、ポスト近代思想は、ハイデガー的な存在の次元のなかに閉じ込められてきた現前的なものの認知――ならびに、それに対応する主観性の定義――によって条件づけられてきた。「デュミナス」は、ハイデガーにとって自由の同義語ではなく、根源的に存在論的な建設諸力とみなされてはいない。それは人間の行動の果てのない傾向性であり、文字通り虚無に向かうものである。……ここでは、潜勢力は新しいものを生み出すことはできず、非-存在によって完全に封殺され、使用価値は本質的に交換価値の内部に還元されてしまうのである。」(p. 120)

 

「フランクフルト学派は、すべてのポスト近代的世界概念に直結する直接的な先行者である。実際、フランクフルト学派は、修正主義的マルクス主義学派のなかでもっとも強力な学派であった。この学派は、普遍的な商品物心崇拝(フェティシズム)と革命の可能性とを、あとから手の施しようがない仕方で分離したのだが、それはこの分離によって革命の可能性が終末論的な展望に還元されてしまったからである。オルタナティブの展望は、物心崇拝(フェティシズム)と終末論に挟撃されて、不可能にされただけでなく、絶望の淵へと追いやられた。ここで、この絶望のベンヤミン的起源にこだわってみても無益だろう。」(p. 120)

ハンナ・アレント――自由主義的利用とポスト近代的要素
「ハンナ・アレントは、これらのテーマ系を、戯画的に、またときには挑発的な仕方で展開した。ただし、彼女は必ずしも自らすすんでこれを実行したわけでもないが、そういうことになったのは、彼女は、当時、反全体主義として提示されていた「自由主義的言説」――これが冷戦時代の政治的表現におけるソ連コミュニズムに対する「封じ込め政策」の基礎をなしていた――に利用された犠牲者であったからである。ハンナ・アレントの政治的言説は。「現存社会主義」に対するアメリカの封鎖と闘争の戦略の内部に完全に位置づけることができる。しかし、そのことは、アレントの哲学がそれだけに還元されうるものであることを意味するわけではまったくない。民主主義を労働者評議会の潜勢力として捉える彼女の民主主義観、ユダヤ人大虐殺を近代資本主義の工業的所産であり「悪の陳腐化」の表現の場とみなす考え、あるいはアメリカの立憲主義を集団的移動(エクソダス)と反逆の所産であり、「政治的なものの発案」にかかわる奥深い経験であるとみなす見方など、彼女の提起したすべては、建設的・積極的なポスト近代思想の本質的な要素を構成している。」(p. 121)

マージナルな抵抗――デリダとアガンベン
「この二人は、ポスト近代が前提とするラディカルな区切りの問題に全面的な仕方で取り組もうとする。彼らは、社会の資本主義的包摂のラディカルで全体的な一貫性に対抗する抵抗の可能性を構築しようとする。とりわけ、宿命への従属と、自由の明確化に対する拒否(決断、倫理的反逆)とのあいだに開かれる間隔……についての問いかけを行うにあたって、われわれの立場からすると、とくに興味深い。しかし、このような彼らの注目する差異は、残念ながらマージナルな場所にとどまっている。彼らの立場からすると、抵抗のようなものが生まれるように思われるのは、生権力によって全面的に植民地化された世界の端っこでのことにすぎない。とは言っても、彼らにおける、この抵抗への執着、このかけがえのない特異性(サンギュラリテ)のすばらしい発案は、本質的に重要な創造のパースペクティブを彼らが重視していることを意味している。」(p. 123)

「しかし、彼らが関心をもつのは、何はともあれ、この余白、この端っこ、この断層であることは明白である。デリダにかけているのは、余白を実際に創造に変えるための積極的・持続的な抵抗の現象学である。それに対して、アガンベンには、空虚へのアナーキーな誘惑と、愛をともなった社会的なものの建設(ここで愛というのは、アモールつまり存在論的な力のことである)との区別を可能にする価値観がかけている。」(p. 123)

終わりに
「ヴァルター・ベンヤミンやハンナ・アレントなどが、無力なポスト近代思想を構築するために利用され、新自由主義のイデオロギーに隷属させられているのを見るのは、改めて無残な思いがするが、これは実際に繰り返しなされてきたことだ……。」(p. 124)

工房6 差異と抵抗――ポスト近代の区切りの認識から、来たるべき時代の存在論的構成へ

来るべき時代の存在論的構築へ
「われわれとしては、これまですでに行なってきたようなラディカルな仕方で、われわれがおかれている生政治的コンテクストを説明しうる諸概念を明確にし、たとえ困難でも、今日における政治的決定というテーマを把握することを試みることにしたい。これらの諸概念とは、たとえば、「差異」の概念であり、分離そして/あるいは分離主義、「抵抗」、「集団的移動(エクソダス)」といった概念であるが、別のレベルでいうと、「ハイブリデーション(異種混交)」「メティサージュ(交雑)」「クレオール化」「メタモルフォーズ(変態)」といったような概念である。」(p. 128)

「われわれはこれまで、われわれが近代の危機の認識、ポスト近代的意識と呼ぶものと、その明証性を否定しようとする道徳的あるいは理論的なあらゆる逃走(漏出)線――さらには、このコンテクストのなかで現われた日和見主義的あるいは悲劇的なあらゆる偏流――とが交錯するところに生じる矛盾を強調してきた。ただし、現実を見てみると、こうしたすべてのことを、一つの世代全体――一九六八年五月の世代――が、実際に社会のすみずみにまで強く広がるかたちで生きたために、この劇的な出来事自体がほとんど陳腐化するにいたっている。」(p. 128)

ポスト近代の建設的なオルタナティブの可能性――ドゥールーズとフーコー
「ドゥールーズは、現実がいかに資本主義による植民地化に従属していようとも、現実を横断する主観的な活動が存在することを主張していた。彼は、フランクフルト学派や、遅咲きのマルクス主義者たちの不透明な修正主義に抗して立ちあがった。つまり、ドゥールーズにとって、この新たな主観性を抵抗に変える潜勢力、場合によったら現実的可能性も存在するはずであった。自らの根源的な差異を肯定する形象――たとえ、それが力強くない脆弱なものであっても、とにかく敵対性を孕んだ――と、無力化された存在の形象とを混同するような偏流の可能性を拒否しなければならなかった。主観性がポスト近代のコンテクストのなかで道に迷い、商品と意味作用の味気ない流通のなかに溶解する可能性を許容してもならなかった。抵抗の主体は意味の発明者として出現し、知性と協働の綜合として位置づけられたのである。
実際、特異的な「欲望」の装置(つまり、生政治的地平における主観性の能動的な投射装置)は、もはや単に批判的な観点から表現されているのではなかった。つまり、欲望の節合は、……現象学的な経験の強度として改めて全面的に捉え返され、存在論的差異を創造するものとして認識論的視点のなかに摂取されたのである。のみならず、それは、絶対的に特異的で差異的なものとして、そして、それ自体が差異化するもの、つまり最初の関係態に還元不可能なものとして理解されたのである。」(p. 132)

「ドゥールーズにおけるこの奇妙で強力な動き――これは以後、フーコーを魅了してやまない――のなかに、彼が見てとったものは、存在論の表面から奥底へと移行する必要性にほかならない。フーコーは、生産の存在論を生政治的な組成の内部に導入しなおす。かくして、フーコー的な考古学と系譜学は、存在の理論を受容するところとなる。これはすばらしい直感であった。」(p. 133)

「これは矛盾しているように思われるかもしれないが、フーコーの思考は次のような思想に行き着いた。すなわち、権力が拡張し、あらゆる社会的諸関係――その性質がどんなものであれ――に伝播し、したがって階級諸関係の古くからの二分法的構造が消滅するとともに、かつてより見えにくいかわりに、はるかに効果的な精緻きわまりない諸権力の分析装置が登場することになるが、まさにそのとき、それに敵対する動きもまた、社会的世界全体に拡張し、世界を構成する組織網の結び目に到達する、ということである。……フーコーは、『千のプラトー』のリビドーと欲望を、社会的敵対性と政治的闘争のまっただ中に連れ出そうとするのである。」(p. 134)

差異/抵抗/創造性の関係
「今日、権力を権力として成り立たせている媒介物は――それが形而上学的なものであれ、想像的なものであれ――姿を消している。つまり、権力そのものの存在論が出現しているということだ。「ポスト近代の時代において政治的なテーマの中心に立ち向かうということは、すなわち存在論的問題に直接立ち向かうということ」にほかならないのだ。」(p. 135)

「存在論的問題は、差異と創造性との関係のなかに直接根づいている。われわれの仮説は、以下のようなものである。すなわち、この二つの事柄の関係の存在を可能にするのは抵抗である、ということだ。しかし、差異と創造性が存在論的であるとすれば、抵抗もまた存在論的であるだろう。……差異と創造性の交叉を可能にするのは抵抗である。差異の認識によって、われわれが導き入れられるクリナメン(偏倚)が成り立つのはまさにここにおいてであり、これを時間的観点に即して述べると、このとき抵抗の活動のカイロスが登場するのである。ここでわれわれが「カイロス」と呼ぶのは、差異と創造性との関係のなかに時間が強力に入り込む事態のことである。」(p. 136)

「差異について語ることは、抵抗について語ることである。差異は、生権力が社会に与える認可の内部において認識されうるものではない。差異について語るとき、人は、まさに生権力の濃密な全体性に対して抵抗が出現する――生政治的組成の共通の一貫性を確立するために――ときの様相について語っているのである。差異の確立が可能になるのは、創造性や生活様式の重視、本質主義と自己同一主義のあらゆる形態の破壊という脈絡にそって、この組成を絶えず刷新することによってであり、それ以外に方法はない。そして、そのとき、〈共(コモン)〉の建設も可能になる。〈共(コモン)〉とは、このような運動の総体にほかならない。」(p. 137)

フェミニズムと分離主義―― 一九六八年~七〇年代における問題提起
「差異――もちろんフェミニズムのいう差異を念頭におけばいいが、それよりもっと一般的に差異のあらゆる生産的使用に思いをはせよう――が、「分離」として花開き、機能しはじめたのは、ときに極めて苛烈にもなった弾圧状況を背景にしてであった。差異(の運動)は、自らの存在をかけて分離しようとした主観性の先駆的な構成の時期に生じたのである。たしかに、差異は、極度に実践の困難な政治的課題とみなされた――現実主義的に考えた場合――が、それは分離だけが差異の行動を可能にしうるものだったからである。たとえば、労働者の観点からしたら、この政治的課題を擁護すると、最後には一種のヒロイズム――そこには、絶望の極致としてのテロリズムも含まれる――にゆきつくのである。こうして、分離は、実際には、闘争の現実的な社会的基盤を喪失させることになった。他方、フェミニズムの立場は、往々にして、私生活の全面的な荒廃――家族生活だけでなく、もっと広い意味で情愛にかかわる生活を含む――に至り着いた。つまり、分離は、他者との関係の忘却による自己の忘却と化したのである。こうした孤立化、自己への内閉、もっと政治的に言うなら――といっても、似たようなものではあるが――、前衛意識の盲目的な、ときに絶望的なナルシシズムに対しては、根源的な政治的批判を行わねばならないだろう。」(p. 138)

「分離は、なにはともあれ、「国家理性(レゾン・デタ)」の歴史、つまり権力自身の内的解放過程のなかに含み込まれた立場であり決定なのである。分離は、仮にそれが抵抗と権力との対称性を打破しようとしたとしても――また、そうであればなおのこと――、権力に似通ったものであった。もう一度繰り返そう。分離は、たとえそれが主観性の遍歴のある必然的継起をなすものであったとしても、権力の内部にとどまるものだ。」(p. 139)

「分離主義は、差異の思想と実践の最初の高揚期を画するものであった。主観性の生産という視点から見ると、分離主義は、近代とポスト近代の歴史的区切りの自覚にかかわるもっとも明白な要素の一つであった。なぜなら、分離主義は、自らに固有の特異的あるいは集合的な革新的主観性の自己産出する生活様式や試みをもたらしたからである。」(p. 140)

「一九七〇年代には、女性の権利の拡張や、労働者の権利の確立は、大きな勝利を画したのである。この両方ともが、その後、分離主義の挫折をともなったにしてもである。いまから三五年も前にさかのぼる主体化の過程が、単なる分離を超えて、差異の確立にいたる道を提起し実践していなかったら、この大いなる過程は、いま現在、われわれの記憶のなかに残っていなかっただろう。」(p. 140)

「当時、性的再生産の主体と、経済的生産の主体が、共通の運動を構築し、それは分離主義の実践において頂点に達した。実際、この運動が独自の仕方で生きつづけ、(再)生産されつづけるためには、分離主義が必要だとみなされたのである。しかしながら、自己の確立が生産的になるためには、逆説的にも、人が当初保有していたアイデンティティを否定しなければならなかった。つまり、差異とは、この否定のことだったのだ――しかしそれは、とてつもなく豊かで、絶対的に必要な否定であった。……たとえそれが挫折を免れなかったとしてもである。」(p. 141)

分離主義から差異へ――「決定」の問題
「フェミニズムの問題、性的な差異の確立、家父長制とその価値体系に対する抵抗、分離による否定といったものを取り上げよう。脱出の力能、つまり、分離のなかであらかじめ発案された感情的・個人的・市民的・歴史的・政治的な差異をもとにして、一つの全体世界を再構築する力能が生まれるのは、この分離主義が差異になったときである。」(p. 142)

「一九七〇年代における労働力の抵抗と労働者の反乱を考察してみると、これと同じ問題に行き当たる。この場合にも、われわれは、出発点でアイデンティティの壁に直面する。すなわち、一方に成熟したたくましい男性白人からなる労働力、労働者階級があり、そこから一種の粗野な異教徒として自らを分離することが、もっとも効果的な交渉力となり、その先に、資本主義的再生産の均衡の破壊を展望するといった構図である。」(p. 143)

「近代からポスト近代へ、フォーディズムからポスト・フォーディズムへという移行を特徴づける紛争のまっただ中で、分離を引き継ぐのは、一般知性(ジェネラル・インテレクト)である。すなわち労働の過剰性、つまり生きた労働の創造性に依拠した生産的発展の新局面に対応する非物質的・知的・言語的・協働的な労働力である。」(p. 144)

「こうした枠組のなかで差異について語るとき、われわれはもはや抵抗としての差異についてのみ語るわけにはいかない。ここにいたって、差異/抵抗は、新たな主観性の生産の可能性の条件として、つまり創造の可能性の条件として姿を現わすのである。これはもはやアイデンティティの幻想の問題ではなくて、逆に、集団的移動(エクソダス)が可能にする新たな社会的な場――そのなかに、反逆と抵抗を通して、主観性の存在そのものが組織化される――の認識の問題である。こうして、われわれは、集団的移動(エクソダス)とは、物質的労働と非物質的労働との差異にかかわる全空間を遍歴し、生きた労働の核心部にある創造的力能を再獲得することにほかならない。しかし、では、……分離が革命的な集団的移動(エクソダス)」に体現されるラディカルなオルタナティブに道を譲るようにするには、どうしたらいいのだろうか?」(p. 145)

マルチチュード――新しい政治的思考のカテゴリー
「われわれは、先ほど、ハイブリデーション(異種混交)というテーマについてざっとふれた。とくに、分離と差異とのあいだにはさまれた女性主体について語ったときである。そのとき、このテーマは、差異の内部そのものにおいて、ジェンダーと主観性の生産を改めて節合しなおすという観点、そしてそれを可能にする行動力を再発見するのに役だった。メタモルフォーズ(変態)とハイブリデーションは、この観点からすると、新たな生産的形態の構築を意味するものであった。
次に、このテーマを労働者の観点から取り上げることにしよう。したがって、もう一度、ハイブリデーションが、身体と知性、集合的身体と特異的知性、言語的なメッセージと協働といったものと交叉するという角度から、このテーマについて語ろう。すると、そのとき開示される問題は、一挙に、存在論的次元に位置づけられることになる。というのは、そこでは、主体のメタモルフォーズが問題になってくるからである。先ほど喚起したフェミニズムの場合と同様に、ハイブリデーションの問題を通して提起されるのは、新たな〈共(コモン)〉の問題である。」(p. 147)

「この種の現象にアプローチすると、今日、世界中の出来事を特徴づけているとてつもないマルチチュード的運動の渦中に直ちに放り込まれる。移民・移住現象は世界全体で起きていて、世界経済の構造的不均衡が世界中の人々を巻き込んだのである。こういうふうにして、マルチチュードは変化する。……いたるところでメティサージュ(交雑)がすすみ現実を変容させている。」(p. 148)

終わりに
「ここにおいて、決定が、労働力の流れの内部から(移住過程のなかで、労働力の変容を起点として、内括的かつ外括的な仕方で、あるいは、生産過程のなかで、質的な仕方で)生じて、内側で生じた変化と外側から受けた変化とのあいだの一種の主体的な架橋として行われる移行を明確にするように思われる。したがって、決定の政治的次元は、常に二重になっているのである。一方で、それは、社会的決定として出現するが、他方で、それは政治的行為として出現するのである。」(p. 149)


工房7 抵抗の権利から構成的権力へ

政治的語彙の改革
「伝統的な権利言語においては、正当性は、まさに(権利の)主張と保護とのあいだに確立される。われわれが批判しようと思うのはこの点である。つまり、普遍性の特徴を持っているような正当性を確立しうる可能性そのものを疑問に付そうと思うのである。……
ここでわれわれの関心を引くのは、何よりもまず、政治的語彙(ボキャブラリー)の改革である。とくに、「主観的権利(主体としての権利)」「市民権」「構成的権力の行使」、あるいは「民主主義」と言ったような概念にかかわるとき、それはいっそう痛感される。」(p. 152)

「主観的権利」の定義
「今日、ポスト近代への移行期においては、抵抗の権利は絶対的なものでもなければ、自己正当化されうるものでもない。それはむしろ、共通の要求と社会的協力に基づいて建設される権利である。そのことは、共通の協働的組成を特徴づける特異性(サンギュラリテ)の肯定の基盤、あるいは逆に特異性(サンギュラリテ)が提示する〈共(コモン)〉へ向かう存在論的動きの基盤にも、そうした権利があるのは同様なのである。」(p. 154)

マルチチュードの内部では、主観的権利は単に個人的利益の擁護を意味するのではない(逆に、特異性(サンギュラリテ)を特異性(サンギュラリテ)たらしめるものは、他者との関係の外部では見分けることが困難である)。ようするに、特異性(サンギュラリテ)は、むしろ、協業つまり価値と富の集合的な生産力の設定を認識させようとする意志として存立するのである。マルチチュードが特異性(サンギュラリテ)の集合体であり、〈共(コモン)〉が特異性(サンギュラリテ)の産物――常に変化し、可動的で、再起動する――であるなら、主観的権利は、〈共(コモン)〉の構築過程を共有的に造形することへの権利として、そして、この過程の内部でさまざまな特異性(サンギュラリテ)の機能を認め合いながら自己出現することになる。
したがって、公的な主観的権利は、〈共(コモン)〉の行使の要求として定義されなくてはならない。」(p. 155)

法(権利)が増えれば、それだけ潜勢力が増すと、スピノザは述べている。スピノザにあっては、〈共(コモン)〉への傾向と差異の出現とのあいだで、「自存力(コナトゥス)」「衝動(アペティトゥス)」「欲望(クピディタス)」が、社会的協業による生産が絶えずより高次のレベルへと定着していくことを体現するような権利を提起する。したがって、スピノザ的な経験世界においては、権利の生成は、平穏になされるものでもなんでもない。マルチチュードの概念を、スピノザは、歴史的に一貫した現象と言うよりも、むしろ概念的な現実として構築しているという事実も、このことをひていするものではまったくない。」(p. 156)

主観的権利と抵抗の権利
「主観的権利の定義と、抵抗への権利を行使する能力は形式的な政体構成と実質的な政体構成とのあいだに打ち立てられる関係に応じて変化するということを意味する。たとえば、ある主観的権利は廃止され、別の主観的権利は採用される。もちろん、われわれは、ここで、ある状態の描写の次元、つまり、制度的均衡の形式的不確定の場に移行する。実際、この関係は、常に開かれた状態にある。形式的権利の要求が、実質的権利の定義と対立したり、それよりも優位に立つ、あるいはその逆が生じる、といったような場合がある。政体構成の歴史は、この存在論的な変様――その現われ方は、これをとりまく歴史的条件によって、そのつど限定され、決定される――を体現するものである。
本質的にいうと、ヘゲモニーという主題は、こうした諸問題の絡み合った状態に対応するものである。「ヘゲモニー」という概念にどんな解釈を与えようと、すべてが生じるのは、この空間においてである。」(p. 158)

「生権力のなか(権力の行使者と、それに従属する者とのあいだ、つまりは、社会的・生産的な複雑さとしての内部)で起きている闘争は、同時に、主観的権利のさまざまな異なった定式化のあいだで起きている闘争としても出現する。われわれの第一の関心事は、この時間的・歴史的リズムのなかにおいて、したがって現在の状況において、抵抗の権利がどれほどまでに変化することができるかを解明することである。」(p. 160)

「市民権」
市民権という主題は、現代の枢要問題とみなされる主観的権利の空間的発展を検証することを可能にする。実際、市民権は、現在、奥深い危機に見舞われている概念である。なぜなら、その領土化は、移住の動き、大陸ならびに大陸間的な集団的移動(エクソダス)、メティサージュ(交雑)、生産的協業のあらゆる変化といったものに直面して、絶えず困難な状況にさらされているからである。」(p. 160)

「労働者は、国家的労働力の独立性の維持には絶対に対応しないような柔軟性や流動性の規則に従属させられている。こうした柔軟性や流動性の規則は、逆に、労働者のグローバルな動きを序列化し、まさしく、この新たな可動性を取り込み、接収し、搾取しようという国家/資本の要請に応えるものである。
したがって、市民権の新たな概念は、このような帝国的な指令に対立する――より正確に言うなら、抵抗する――かたちにおいてしか、提起することができないだろう。問題は、この新たな概念が、新たな生産的行為主体の社会的・生政治的次元と、生産的主体の可動的次元とを、同時に内部化し、包摂し、構造化する能力をもちうるかどうかである。前者においては、市民権はベーシック・インカムを意味することになり、後者においては、市民権は、血統を基礎にした権利の付与の終焉、あるいは労働市場に適用された土地の名による権利の付与の終焉を意味することになる。」(p. 162)

「市民権が、抵抗への主観的権利を意味するものでもあるとすれば、この権利は、実際には、それを行使する主体が移民ではなくて、逆に領土化された個人である場合にしか受け入れられないことになる。もう少し明示的に言うなら、領土的な団体(国民的な基盤を持った労働組合、アソシエーション、諸組織など)だけが、抵抗に対して公的な主観的権利を行使することができるということである。そして、その他のすべては、逆に、「テロリズム」とみなされることになるのだ。」(p. 163)

構成的権力
「構成的権力とは、諸権力の公的構造を刷新する能力、諸権力の配分のなかで新たな公的次元を提起し確立する能力のことである。さらに言うなら、実質的な政体構成のラディカルな再定式化をもとにして、形式的な政体構成のラディカルな刷新をはかる能力のことである。
ところで、権力になりうるこの権利は、原則的に認められたものである。しかし、現実には、それは、政体構成的次元、国家の改革の法的手続きや構成、その実質的制度から排除されている。
……現代における構成的権利の実践、ならびにその実践が生み出した文献のなかにおいては、構成的権力は認められていると同時に排除されているのである。」(p. 165)

「民主主義」
「まず何よりも、「政府(ガバメント)の形態」としての、つまり国家と権力の統合的管理の形態としての民主主義の概念と、近代の陰鬱な時期に、絶対的国家の支配に対する「抵抗」としてつくりあげられてきた民主主義の概念とを、区別しなければならない。この時期に、民主主義は、一方で、統治(ガバメント)の絶対的形態として、つまり「全員による全員のための統治(ガバメント)」の形態として、他方で、ラディカルな民主主義的形態として、つまり自由と平等への欲望の下からの――いたるところで、絶えず生じる――構築として、出現した。」(p. 166)

「われわれは、「黙せる歴史」を、明瞭な「マルチチュードの行為」に変えるための一連の現象・概念・運動といったものを手にしている。一方で、われわれは、脱構造的な闘争――つまり、市民的不服従、サボタージュ、生産構造の不安定化のための賃金闘争、時間闘争、指令形態に抗議する闘争といったような、政府形態としての民主主義に抗する諸闘争――をもっている。そして、他方で、自立自治、集団的自主管理、〈共(コモン)〉の実践といった組織形態を発展させる、いわば〈共(コモン)〉の民主主義のための政体構成的闘争をもっている。主観的権利と構成的権力とのあいだの関係は、この「……に抗して」と「……のため」とのあいだの緊張関係のなかで決せられるのである。」(p. 167)

「マルチチュードという概念――これは、非物質的労働のヘゲモニーのなかに根づいた階級概念であるが――は、中国の農民大衆の運動、ブラジルの生権力に抗する闘争、イランやインドの神権的政治権力に対する蜂起といったものを、自らの力の及ばないものとして排除することはできない。では、しかし、このような状況を引き受けることはなにを意味するのだろうか?
ここで、われわれがすでに言及してきた文化的・身体的なハイブリデーション(異種混交)という主題を――とくに政治的文脈において――再提起することが、かぎりなく重要な問題として浮上する。すなわち、これは、こうした差異の分離的なダイナミズムを、物質的・歴史的な場において解消することができる計画でなくてはならないのだ。……こうしたコンテクストにおいて、民主主義的集団的移動(エクソダス)は、マルチチュードのなかの差異の節合、その再構成の原動力になることができるだろう。」(p. 169)

一般意志の構築
「一般意志の狡智期は、次の三つの機能を通してなされる。

  1. 政治的代表制とその超越論的な再生産。
  2. 統治(ガバメント)権の行使、つまり実効的な規則と規準の生産。
  3. 正当性と合法性の法的な管理。

この権力の分割が、政府形態としての民主主義システムを支配し、そのシステムの形状を決定している。」(p. 170)

「政府形態としての民主主義の規則は、こうした多様な支配機関の機能的合理性と密接に結びついている。しかし、全員の意志の表現としての民主主義の規則や構成は、こうした現実をラディカルに変革するものとしてしか構想しえないのである。……変革の空間とは、まさに主観的権利と抵抗の権利が一体化した空間である。集団的移動(エクソダス)が成り立つのはここにおいてである。」(p. 171)

終わりに
「政治的暴力は、単に民主主義的な政治行動の機能を担ったものにすぎない。なぜなら、政治的暴力は、それ固有の仕方で、抵抗を示すものだからであり、国家がその支配と管理を確立することに邁進する場所において、敵対性を必然的に露わにするものだからである。グローバル資本主義の国家形態が戦争と結合するとき、主観的権利と抵抗の権利との関係は、まさに戦争そのものに対抗するかたちで不可避的に激烈なものになるのだ。」(p. 172)


工房8 ガバメントとガバナンス
――「政府形態」の批判のために

民主主義と絶対的民主主義
「一種の明暗効果によって、民主主義と「絶対民主主義」の概念を浮き彫りにすることを試みたい。前者は、「一者」(一なるもの)の(による)政府形態であり、後者は、マルチチュードの非国家的・専制的な連合形態である。
まずは、民主主義と「絶対民主主義」。この二つの概念の区別――より正確にいうなら、分割――は、スピノザによって、『国家論』のなかだけでなく、それより前に『エチカ』の最終部のなかでも、こういう分け方で行われている。……長きにわたる民衆的・マルチチュード的な審級の伝統が、ラディカルな政治的流れとして――文字どおり「絶対的民主主義」として――強固なものになるのは、まさにこの区別を通してなのである。」(p. 174)

「一者」による政府形態と抵抗
「われわれは、かなり逆説的な現象を前にしていることになる。なぜなら、あらゆる権力形態を保証し、あらゆる物理的暴力を正当化する勢力や集合体を管理するすべての方式を保証するために、「一者」の超越性、そしてその基盤を再導入したのは、無神論者や唯物論者――ボダンやホッブスのような――であったということになるからである。「一者」は必然的なものとして位置づけられたということだ。」(p. 176)

近代民主主義をめぐる論議
「立憲的ブルジョア民主主義は、差異や複雑さを切り縮めて、暴力を正当化する理論以外のなにものでもないだろう。立憲民主主義と民主主義的主権論に基づく近現代の政治は、なによりも次の四つの思想を強調してきた。

  1. 「一者」の節合的構成でないような民主主義は存在しない。
  2. 参加は、マルチチュードからピープルへのメタモルフォーズ(変態)である。
  3. 諸権力の分離は、この装置の発動を保証する道具である。
  4. 政治的代表制と法律は、「一者」の性質を帯びた権力である。

そして、国民を顕彰することは、もっぱらこのような理論的・実践的な配置を堅固にするとともに、これを正真正銘の神話に変えてしまったのである。」(p. 177)

「カール・シュミットにとっては、国家ドクトリンと立憲理論は、常に――そして、ひとえに――政治神学の表現にほかならない。すると独裁(つまり、近代後期においては全体主義)は、たしかに民主主義的ではないけれども、だからと言って立憲主義的でなくはない機能を持つものとして立ち現れることは、偶然とは言えないのである。」(p. 178)

国家と例外状態
「主権の絶対性は、社会生活・闘争・特異性(サンギュラリテ)の要求といったものによって、絶えず中断される。すると、「例外状態」は、もはや国家の法的組織や市民の社会的組織を延命させるメカニズムとはみなされなくなり、あたかも外部から到来した力関係にもとづく単なる粗暴性と結びついたものとしかみなされなくなる。……そして、まさにここで、次のような逆説が生じる。すなわち、例外状態が国家のもっとも弱い結び目を体現するものであるのは、まさに例外状態が国家の機能の仕方に内在しているからである。実際、例外状態は、たとえ主権に内在していても、絶対に抵抗の持つ生命力を奪いつくすことはできない。それは幻想でしかない、ということだ。」(p. 180)

「グローバル化した諸関係のなかで、もはや例外状態について語られるのではなくて、戦争について語られるということは、偶然ではない。……われわれは、強者による弱者に対する非対称的な戦争について語っているのであり、紛争一般について語っているわけではないのだ……。したがって、これは、例外状態をグローバルな警察機能に変えるという方向、つまり秩序を維持し再生産するという主権の第一の基礎を強調するという方向で、例外状態を表現した戦争なのである。……かくして、生権力は、生政治の圏域を、内から上から、そして外から締め付けるものとして確立されるところとなる。」(p. 180)

「ところが、主権の概念が外部をもたなくなり、超越性が絶対的な仕方で君臨するまさにその時点において、主権そのものが内破する。そして、そのかわりに、抵抗の概念が、「アルケー」の原理に抗するかたちでふたたび出現し、自由や世俗性の概念と渾然一体化し、もはや抹消できないものとなる。」(p. 181)

主権の危機
「いまさっき、われわれは、まさにこのとき、主権の概念は内破する危険があると述べた。実際、主権の機能が、例外状態そして/あるいは戦争という形態のもとに表象されるにいたるとき、支配者は自らの身に生権力の最大の強度を集中する。その時、支配者は、自らのダイナミズムをつちかういかなる要素、いかなる力も、自らの権力の外部に見出さない。かくして、主権の概念がひとえに超越的な仕方で現われるとき、つまり、主権の概念が、生――すでに支配を脱却しつつあるような――の浸透するいっさいの可能性を排除するとき、主権の概念は内破するのである。しかし、これは生が死ぬということではなくて、死が生きるということなのだ。
……「一者」の原理、「アルケー」の原理が、概念的のみならず、現実的に君臨しようとするとき――たとえば戦争状態がそうである――、」主権は内破する。」(p. 182)

ガバナンスと絶対的民主主義
「「ガバナンス」とは何か? それは、社会的対立や行政的過程を、最高権力の特殊的・時宜的・特異的な媒介装置のなかに組み込む試みである。……われわれがしたいと思うのは、……ガバナンスの実用性を通して、政府の伝統的定義の消滅を確実なものにしてくれるような危機の要素を明らかに提示するということである。」(p. 184)

「十八世紀の終わりに、共和主義は、すでに「ガバナンス」としての実用形態を有していた。もちろん、それは、今日のような行政的諸関係をめぐる紛争や困難、あるいは階級闘争といったものよりも、政治的代表制や社会的媒介の機能に依拠してはいたが、この違いを認めたうえで言うなら、ガバナンスの実用性を頼みの綱にすることは、常に政府のヘゲモニーを再提起することであることにかわりはない。われわれがすでに強調した逆説――つまり、権利の自立的発展の可能性は、絶対に政府形態を変えることはできない――は、ここで、もう一度確認されることになる。」(p. 185)

「実際のところ、絶対民主主義は、新たな政府形態の定義ではない。この点に関しては、われわれは、近代という時代から存在するオルタナティブな革命的思想の注釈者の多くと完全に見解を同じくしている。マキアヴェッリ、スピノザ、マルクスは、絶対的民主主義以外の民主主義を定義したことはない。そして彼らは、絶対的民主主義の定義を、常に特異性(サンギュラリテ)と多数多様性の場から説き起こしたのである。絶対的民主主義は、不可避的に――そして本質的に――特異的かつマルチチュード的な主観性の生産として提示されるのだ。……ここにおいて、生政治は、政治的なものの真の磁場として、その本質的な条件として、姿を現わす。おそらく、民主主義の絶対的概念よりも、むしろ民主主義的表現の絶対的実用性について語らねばならないだろう。」(p. 186)

「主権」の再定義
一方に、敵の認識、他方に、〈共(コモン)〉の構成である。近代的な主権概念の危機の歴史を再考してみると、人は通常、常にある磁場に身を置いていることがわかる。すなわちその磁場というのは、資本と、主権国家というブルジョアジーの二つの中心の、いずれかが統治(ガバメント)能力を失うという事態が生じる場である。しかし、主権の危機についてのみ語ることは、絶対に不十分である。なぜなら、あらゆる反対行動、抵抗行動、オルタナティブな提起といったものは、権力に対する異議申し立てだけでなく、なんらかの〈共(コモン)〉の表現をともなっているからである。抵抗は建設なのである。今日、主権の概念は、こうした建設的能力の影響、つまり歴史的な過程を経てマルチチュードに与する方向に反転した権力の影響をこうむることになった。」(p. 187)

「われわれの仮説は以下のようなものである。マルチチュード的主観性が、ヘゲモニーの帰趨を決する。近代とポスト近代の区切りは、単に歴史のある通過点ではなくて、所与の歴史的コンテクストのなかにおける、主体と主体にかかわるヘゲモニー的諸関係の変様なのである。ヘゲモニーとは、今日、マルチチュードのことである。」(p. 188)

「政府(ガバメント)」の再定義
「われわれとしては、これ[政府の概念]は、なんらかの「理性の図式」に引き戻すことは不可能な、矛盾をはらんだ多数多様性の内部におけるある決定としてしか理解することはできない。政府は権力の一形態であることをやめ、ますますある空間――その内部で、〈共(コモン)〉の諸潜勢力が互いに対立しあう――になりつつある。……
これらのすべての問題は、実際には、今日「決定」というものをどう定義するかという一点に絞り込まれる。すなわち、この「決定」と〈共(コモン)〉との関係を踏まえながら、このように特定された枠組もなかで政治的人類学を再構築しなければならないと言うことである。」(p. 189)

ガバナンス概念の可能性
「われわれは、「ガバナンス」という概念を……構成的権力(もっと正確に言うなら、構成的潜勢力)の行使に向かっての絶対に必然的な移行過程として定義する以外にないように思われる。このことは、この概念が、共通の力による建設を通して、下から、多数多様性から生まれ出てくる民主主義的展望の可能性に到達するものであることを意味する。したがって、伝統的な統治(ガバメント)思想の内的原動力を断ちきって、この思想を全面的に転覆しなければならないと言うことである。この内的原動力が、これまで、すべての決定を、国家のもっともらしい口実と諸個人の要求の特殊性との媒介装置に引き渡してきたのである。「ガバナンス」の概念は、それとは逆に、〈共(コモン)〉の実践的運動を出発点にして、全体におよぶ――そしていっさいの例外のない――かたちで確立されねばならないものだと、われわれには思われる。」(p. 190)

終わりに
歴史の過程には目的論的なものはなに一つない。しかしながら、この過程のなかで、社会的・政治的・生政治的な諸関係が敵対性の一定の段階にまで達してしまうと、逆行の可能性もまたなくなるのだ。このことは、昔ながらの主権形態を復活させる可能性もないということを意味する。」(p. 190)

「政府の毛に主義的メカニズムを「ガバナンス」の媒介手続き――政府の遭遇する困難を解決するために導入された――で置き換えることは、政府の危機を増大し、深刻化し、おそらくは不可逆的なものにする――そこには、当然近代の例外状態も含まれる――だろう。したがって、今日。マルチチュードによって遂行される階級闘争が直接的に発動するのは、「ガバナンス」のコンテクストの内部においてなのである。」(p. 192)

工房9 決定と組織

「決定」という問題
「特異性(サンギュラリテ)とは、差異と抵抗であり、マルチチュードとは、特異性(サンギュラリテ)のの集合であると、われわれは主張してきた。そしてまた、差異は、何よりも、過剰性・刷新・建設――新たな諸価値の積極的な構築――を意味することを見てきた。」(p. 190)

「ところで、実際問題として、特異性(サンギュラリテ)は必ずしもこの過剰性に相当するものではない。過剰性が偶発的なものであるのに対して、特異性(サンギュラリテ)相互間の関係は、逆に、政治的観点から見ても、存在論的観点から見ても、多くの場合、基準(ノルム)化されうるものである。……多くの論者が、抵抗は潜在的な可能性であり、ありうべくもない潜在能力とすら言えるものであり、したがって過剰性は構造的に確定できない出来事であるということを強調してきた。……要するに、特異性(サンギュラリテ)が存在するということは、これが差異を構築する、つまり自らを抵抗者として立てることができるということを必ずしも意味しないということである。」(p. 190)

差異から決定へ
「マルチチュードの概念は、それ自体として、現象学的には正確だが、政治的には曖昧な観念だとみなされている。つまり、マルチチュード――これは自己同一性や算術的統一を無視するところから生じる差異の多数多様性である――は、どのようにして政治的主体に変容し、決定や指令の実行のなかで力を持つことになるだろうか、という疑問である。」(p. 190)

「マルチチュードは、どのように、いかなる仕方で、反システム適地からとして出現しうるのか? ……なにがマルチチュードに場所を与えることができるだろうか? この種の問いかけに対して、われわれは、もちろん、次のような主張でもって応答する。特異性(サンギュラリテ)によって表現される抵抗の過剰性と主観性の生産は、〈共(コモン)〉の足跡にそって前進するのだ……。しかし、これが真実であると仮定しても、差異から決定――共通の決定――をいかにして構築することができるだろうか?」(p. 196)

「決定の構造」――マルチチュードの表現として
「政治的決定を分析した者は、まさに決定の特異性(サンギュラリテ)に直面したゆえに、個人的決定のモデルは不十分であると結論づけた。すなわち、特異的決定は、逆に、無限の因果関係をふくむ意志の行為である。それは、人間が自在に操ることのできる剣のようなものではなくて、共通の現実のみが管理することができる巨大な機械なのである。この共通の現実だけが決定する能力をもっているということだ。」(p. 197)

「決定の構造」――マルチチュードの表現として
「われわれは、……差異・抵抗・特異性(サンギュラリテ)・〈共(コモン)〉といったものを、存在論的な建設と刷新の持続的作動のなかで、相互に結びついたものとして捉えているのである。生きられた経験は、われわれにとって、このような場で特徴づけられる、つまり、質的内実を身につけ、接合され、決定されるのである。」(p. 198)

「決定の存在論的な次元(この場合には、本質的に時間的な次元)を進化しなければならないだろう。この次元を一者の意志としてではなく、マルチチュードの表現として定義しなければならない。」(p. 198)

 

「決定」を考えるための四つのポイント
「〈共(コモン)〉は、協働と抵抗の根源的な条件となるが、われわれは、まさにこの場面においてほかならぬ過剰性と決定を考察したいと思う。というのも、〈共(コモン)〉は、単に結果として現われるだけでなく、条件――実効性がある体制のなかに移し替えられた潜在的な条件――としても現われる、とわれわれには思われるからである。」(p.200)

「われわれは、問題を存在論化し、マルチチュード(差異・抵抗)から決定(共通の)に通じる過程を要約することができる存在の表現とはなにかということを自問しなければならない。
すると、そのとき、われわれが何よりも関心をもつことになるのは、出来事というテーマである。すなわち、差異と特異性(サンギュラリテ)からなるマルチチュードが、決定の虚空を前にして、どういった仕方で現出するかの分析(その現われ方を重視すること)である。」(p. 201)

「とりあえず、ここでわれわれがしておきたいのは、このような把握しにくい因果関係とヘゲモニーの探求とのあいだにつくりだされる客観的な緊張関係を強調し、出来事への期待に注目することである。この出来事はヘゲモニー的であろうとする。しかし、これまでのあらゆる政治思想の伝統に反して、このヘゲモニーはまた共通的なものでもあろうとする。」(p. 202)

主観性と共通性の正真正銘のエンテレケイア(自己完成状態)を体現することができるような場を確立しなければならないのである。別の言い方をするなら、〈共(コモン)〉の歴史的な動的編制(アジャンスマン)の現象学的な確定を理解しうるような場をつくりださねばならないということである。」(p. 203)

「組織が党や政治的代表機関のような集合的決定の伝統的な形態の外部には存在しえないというのは、本当ではない。逆に、党や政治的代表の形態は、ときに、集合的決定のレベルを越えて、共通の決定のレベルに達することもこうしたすべての場合において、それは常に変数でありつづける。共通の決定は、常に自由な発明であり、正真正銘のクリメナン(偏倚
)なのである。」(p. 203)

決定の存在論的次元
「出来事の問題をマルチチュードの決定のなかに提起するとき――特異性(サンギュラリテ)と共通性の関係を介して――、封鎖・疲労・障害・代理表現といった要素が、間違いなく大きく作動しはじめるということである。しかしながら、この紛争状況を通して、逆説的にも、きわめて有効的に存在論的な刷新機能を再定義することができるのだ。それはマルチチュードの構成との関係(したがって、出来事自体が決定力を持ちうる可能性の関係)においても、同様に有効的に機能するだろう。」(p.205)

物質的諸条件
「度を越した蓄積は、資本主義的包摂の枠組みを全面的に不安定化する生きた労働の過剰性/自立性に立ち向かわねばならなくなる。したがって、われわれは、いっさいの資本主義発展の一方通行的・政治独裁的な概念に対して、逆に、横断的なまなざしを対置しなければならない。資本主義発展のコンテクストは、生きた労働の潜勢力がその奥底から浮き上がってくる社会的コンテクストにほかならないのである。
かくして、われわれとしては、決定の時間的・存在論的源泉の問題に対して、あるささやかな――そして部分的な――結論を下すことができる。すなわち、われわれがさきほど喚起した諸条件を踏まえると、このテーマは、実は、潜勢力から決定への移行(あるいは変貌)の問題になるのだ。つまり、協働のネットワークの垂直化の仕方、そして、〈共(コモン)〉の共通的表現を発展させる仕方、という問題である。決して序列化ではないこの垂直化が、潜勢力の総体を維持するのである。」(p.206)

「そうすると、問題は、単に決定がなにを意味するかということを理解するだけでなく、民主主義的決定とはなにを意味するかということを理解することである。」(p.207)

組織と制度
「潜勢力、構成的権力といったものは、常に制度をつらぬいて存在し、制度の一貫性、あるいは制度を組織化する作動システムの持続性の一部をなしている。ともあれ、これが構成(立憲)の理論が現実主義的に展開していることである。しかしながら、制度は、しばしば――いつも、とは言わないまでも――生活様式から切り離されてきた。そして、このことは、制度が潜勢力の行動あるいはわれわれが構成的権力と呼ぶものから切り離されてきたということを意味する。しかし、逆に、構成的権力が権力の諸審級だけでなく、生の諸審級をもつらぬいていることを抜きにしては、構成的権力なるものを考えることはできないだろう。」(p.208)

「われわれが、先ほどまでにふれたすべての分析とは逆に、われわれは、実は、制度というものは、資本主義の制度とは異なったものでもありうると考えている。つまり、制度は、構成的権力によって発明され、マルチチュード的組織の基本的要素を体現しなければならないのだ。」(p.210)

革命概念の新たな定義
「目的論的に有効な決定は、おしなべて、潜勢力の発展を封鎖してきたあらゆる勢力(組織や制度)に対する抵抗、そこから集団的移動(エクソダス)といったものから発しているのである。権力と潜勢力、生権力と生政治的力は、互いに対立する要素である。」(p.211)

「今日、かつてない矛盾――物質的のみならず主体的な――が現れ出ているのは、この潜勢力を起点としてであるが、この潜勢力とは、言いかえるなら、資本主義的な蓄積や秩序の現行形態によって、そして生きた労働の自立に対応する新たな使用価値によって体現される社会資本のことである。ところで、主体的矛盾がアクティブなのに対して、物質的矛盾は本質的に抑圧的なものとして現われる。なぜかと言うと、資本は、資本を特徴づける寄生的次元からわが身を引き離すことができないからである。生きた労働に自律を通して表現される新たな使用価値は、今日、われわれを正真正銘の革命的継起に導くことができる理論的図式そして/あるいは実践的傾向を包含しているように思われる。」(p.213)


工房10 共通の自由の時間

「共通の自由」のオルタナティブへ
「共通の自由のテーマは、この自由の時間というテーマと併存することになる。マルチチュードの生産と民主主義の生産は、まさにこの開かれた時間性のなかに、もっとも重要な母胎を見出すのである。」(p.219)

政治的主体性と身体
政治的主体性の生産について語るとき、何よりもこの主体性が身体というかたちをとることを強調しなければならない。このことは、共通の生を構築し特徴づける情熱や企図の持続的な刷新なくしては、また新たな「自に的」与件の絶えざる――常に再発明される――反復的構築なくしては、政治的主体性は存在しえないということを意味する。要するに、政治的主体性は身体として現出するのだが、なぜなら、それは恒常的な身体のメタモルフォーズ(変態)にほかならないからである。政治的主体性とは、まさに行動なのである。」(p.219)

「政治的主体性と特異的身体とのこの関係――つまり、特異性(サンギュラリテ)とマルチチュードとの関係の新たな考察の仕方――は、一九六八年をめぐる政治的議論――ならびに政治理論――のなかに出現する。この場合の「身体」は、近代の政治思想につきまとってきた社会的身体あるいは政治的身体のさまざまな異なったメタファーとはまったく無関係である。われわれが言う「身体」を統合するのは、有機的身体にまでのぼりつめた一般意志でなく、マルチチュードのなかにおける、特異的な――特異性(サンギュラリテ)としての――身体の肉体である。」(p.220)

 

主体の非連続性と重層性
「闘争のサイクルの時間的非連続性と、政治的意識の基本的な磁場の重層性は、絶えず変化するダイアグラムにしたがって混交し交錯する。われわれは、先に、政治的意識化(自覚)の過程……を、社会的対立の潜勢的諸力の差異を起点として分析した。ここで社会的対立の潜勢的諸力というとき、それは、マルチチュードの「技術的」構成と、マルチチュードの政治的構成とのあいだ、あるいはこの隔たりを管理しようとする政治的管理(コントロール)のさまざまな異なった形態相互のあいだに存在しうるズレの内部に存続する対立的な緊張関係のことを指している。」(p.221)

〈共(コモン)〉へ向かう主体
「「〈共(コモン)〉」とか、「〈共(コモン)〉の構築」について語るとき、〈共(コモン)〉は常に多数多様性であり、複合性であり、特異性(サンギュラリテ)の総体であり、全体的普遍性であるという事実を強調しておかねばならない。主体性の生産は、常に多様なものをつらぬいて行われるのである。主体性の生産は多様なものを排除したり抹消したりしないで、逆に、それが打ち立てる諸関係を通して――つまり、共通の行動や共通の言語の構築のなかにおいて――多様な発展させていく。……〈共(コモン)〉は、全体性という意味をふくむものではあっても、決して統合ではない。逆に、特異性(サンギュラリテ)は、表現の次元は別として、決して原要素ではない。特異性(サンギュラリテ)は、まさに〈共(コモン)〉を構成する過程の総体、つまりその関係構造でしかない。」(p.222)

「貧困」――共通の主体性の力(1)
主体性の政治的構築(あるいは、もっと正確に言うなら、政治的主体性の生産、つまり、マルチチュードを形成すること)に対応する長い道程は、現実には、われわれが「貧困」と呼ぶものの大いなる逆説から出発する。われわれが貧困という表現を使うとき、それは単に物理的・物質的な窮乏だけでなくて、欠乏や剥奪に取って代わるために諸関係ならびに協働を発展させねばならないということをも意味している。われわれは、ここで、すべても絶対的窮乏状態が必然的に〈共(コモン)〉の生産に変化しうるということを主張しようとは思わない。そうではなくて、特異性(サンギュラリテ) がおかれている拘束状態――自然的・歴史的・社会的な――は、この無限の欲求から出発する必要性――もっと言うなら、そのような意志――によってもたらされる無限の行動可能性を引き起こすことができる、ということを言いたいのである。」(p.224)

「したがって、貧困から〈共(コモン)〉の存在論的構築にいたる時間的・通時的な道筋が存在するはずである。スピノザは自存力(コナトゥス)(貧しい存在としての、そして自らの生を維持しようとする原初的な試みとしての)よりも欲望(クピディタス)(愛としての、つまり主体が貧しい存在であるとき、主体がその内部に担っている潜勢力を発展させる欲望としての)の持続性を示しながら、この道筋を描き出した。ここに、第一の力――貧困――から第二の力――愛――に、どういった仕方で移行するかを、よく見てとることができる。貧困の場合と同様、「愛」という用語もまた、従来の古典的なメタファー(プラトン的な)としてだけでなく、それが崩壊したものとしても把握しなければならない。すなわち、プラトンにおいて、欲求と愛とが有機的に結合していたその場所において、ここでは、逆に、この両者を一方から他方へと移行させる生産的な持続性の関係――逆説的にも、存在論的な飛躍という関係であるが――を理解しなければならないのである。」(p.225)

「かくして、われわれは、絶対的に建設的な曲がり角に到達する。なぜなら、貧困は、このとき、存在の増大の可能性へと向かう動きの開始、そしてその緊張感を決定的に意味するものになるからである。……ここでは、……力としての――つまり潜勢力としての――貧困と愛の再発見が、われわれに、情熱を起点にした肯定的な逃走(漏出)線や、存在そのものをつらぬき、マルチチュードを形成することが構築する目的因(テロス)の物質化を予見させる移行を垣間見させてくれるのである。そして、まさにこれこそが、われわれにとって、マルチチュードを形成することに対して持続性(哲学にとっては理論的、運動にとっては知的・闘争的な)を与えるための助けとなることにほかならない。なぜなら、〈共(コモン)〉は、いまや、われわれにとって、「内部から」形成される(そして、弁証法的図式に還元されないだけでなく、再構成の審級として確立される)ダイナミズムの産物として立ち現れるからである。これこそが、実は、貧困を起点とした愛の行動の機動的な形象なのである。」(p.226)

「貧困」――共通の主体性の力(2)
「われわれが愛について語るたびに、そこからロマン主義的な定義や神学的な定義を絶対に排除しなければならないことは明らかである。実際、こうした定義は、愛の存在論的な次元の激烈な去勢化に責任を負っている。……
まず第一に、われわれは、愛という言葉が引き受けざるをえなかった、ロマン主義的な解釈や孤立性を指し示すいっさいの定義の試みを拒否しなければならない。そうした試みの観点からすると、ポルノグラフィ――ジョルジュ・バタイユの驚くべき思想を念頭においてみよう――は、もっとも美しい愛の墓碑銘であり、個人主義的エロティシズムは、正真正銘の愛の内実を体現しているのだろう。しかし、これは、われわれが愛という言葉で理解するものとは千里の隔たりがあると言わねばならない。
第二に、神学的な愛の定義も、いっさい拒否しなければならない。ここでもまた、神聖な愛は、いかなる創造的可能性も認知せず、しまいには愛そのものを排除してしまう神秘的、目的(原因)論的(フィナリスト)、中和主義的な次元のなかで、隠蔽され破壊されてしまう。」(p.226)

「ここがロードスだ、ここで跳べ」
「重要なのは、「下から上への」歩みをすることであり、常に存在論的であると同時に物質的でもある道筋を経手絶対的欲求(貧困)から絶対的贈与(愛)へといたることなのである。これは、与するに、スピノザが共時的な仕方で――近代性の次元において――描いた過程を、通時的なものにする――ポスト近代の次元において――ということにほかならない。すなわち、個人的欲求を民主主義的社会へと導く運動である。」(p.228)

「われわれがこれまで描き出してきたマルチチュードを形成することと政治を行うことの新たな条件の総体を考えてみると、この権力の管理は、疑いもなく、新たなパースペクティブにおいて敵対的なやり方で測定されねばならないだろう。すなわち、〈共(コモン)〉の行使によってである。新たな主観性が姿をあらわすところでは、必然的に新たな権力の行使が分析されねばならないのである。」(p.229)

 

「権力の概念は、いまや完全に廃れてしまったイデオロギー的次元や歴史的連続性に対応するかたちで提示されている。すべての政府形態は君主制である(近代においては、一者が常に主権を特徴づけているのだから)と、ボダンが言ったのと同じように、われわれは、今日、政府の形態と権力の実質は二者に還元しうると言明することができるだろう。二者とは、すなわち、一対の力であり、異なった力の対抗である。権力の行使に対抗する〈共(コモン)〉の行使である。われわれが、この近代からポスト近代への移行期に、主権を定義しようとするとき、いたるところに見出すのは、まさにこの超越論的対立のほかならない。
「ここがロードスだ、ここで跳べ」と言うことである。」(p.230)

 

結び――マルチチュードを形成することは、新たな民主主義をつくることである

「われわれは、そこで、抵抗の権利、構成的権力、マルチチュード的な力と化した新たな主観的権利といったものの出現は、現在の権力システムの形状の周縁や外部ではなくて、その核心部、その内部に内在的に存在しているものとして把握しなければならないことを提起した。このような立場は、何よりもまず、否定的な議論展開によって正当化しなければならなかった。つまり、いくつかの概念――政府、ガバナンス帝国、主権、といったような――を批判的に分析し、グローバル化したポスト近代的なコンテクストのなかに現われる新たなアポリアをつきとめることによってである。その上で、われわれは、今日、主観性の生産の存在論的固有性と緊密に結びついた社会変革の地平を、建設的、肯定的な仕方で、再構成しようとした。」(p.232)

移行を前提とした危機の認識が明確になったとき、第二の時間概念が姿を現わす。そして、この時間概念は、もはや歴史ではなく、存在論とかかわりあう。不確実性と、われわれがいましがた喚起した障害を乗り越える困難とを前にして、この概念は、決定の時宜性(いつ決定すべきか)を、われわれに指し示す。移行の意識が、われわれに後ろを振り向くように強いるのに対して、決定のカイロス(好期)は、われわれに前方を向くように強いるのである。」(p.233)

訳者あとがき  杉村昌昭

「ガタリは現代社会における「人間」の《subjectivité》の形成(「主体化」=「主体になること」)を三つの様態が交錯する複合的過程として捉えている。すなわち――、

  1. 人々の身体や精神を外部から直接的強制によって限定し支配する権力の様態。
  2. 経済的・技術的・科学的なプログラムに人々が内部から適合していく知の様態。
  3. 人々が自らの座標系を打ち立てようとする自己参照的な生成変化による自己創出の様態。

つまり《subjectivité》は、いわば工業製品のように造形され、消費されると同時に、一人一人が自ら特異的に創造することもできる、存在の混成体として想定されているのである……。要するに、当然のことながらガタリの《subjectivité》は、必ずしもポジティブな概念としてのみ提起されているのではなくて、ネガティブなニュアンスをも含有した混交的かつ生成変化的な存在の基礎概念なのである。」(p.240)

                                   (2010/9/16)