ブリコラージュ@川内川前叢茅辺 <書 抜き書きメモ 47>

カール・ヤスパース
戦争の罪を問う

橋本文夫訳、平凡社、1998年

ドイツにおける精神的状況に関する講義の序説

(……)力を合わせて真理を探究するからには、互いにいたわり合って遠慮したために制限が生じたり、好意的な沈黙や、欺瞞による慰めが行われたりしてはならない。発してはならない問いはない。後生大事の自明の真理というようなものはない。そっとして置かねばなら、ないようなあるいは聖性不可侵というような感情もなければ、またそういった生活上の嘘もない。(p. 22)

われわれは次の点をはっきりと意識しておくがよい。すなわちわれわれが生き、生き残っているのはわれわれ自身のおかげではないのだ。おそろしい破壊のなかに新たな好機をもつ新たな状態が与えられているのは、われわれ自身の努力で達せられたのではないのだ。当然われわれに属すべき筈でない合法性を勝手に自分に認めたりするのはやめよう。
今日、いかなるドイツ政府であろうと、それが連合国の任命した独裁政府であると同様に、ドイツ人は誰しも、言い換えればわれわれの一人一人が、今日、連合国の意志ないし許可によって、自己の活動範囲を与えられている。これがなまなましい事実なのだ。われわれが誠実である以上、この事実は一日も忘れられない。誠実ゆえにわれわれは傲慢にもおちいらず、おのれの分を知ることを教えられるのである。(p. 24)

この連続講義の終わりに初めて論題とする予定のものを先に掲げてみよう。われわれにとっては権力の道は望むべくモナし、謀略の道は品位を傷つけ、実行をともなわない。公明正大こそ、無力のうちにもなお可能なわれわれの品位の宿るところ、しかもわれわれ自身の好機の宿るところである。いかなる幻滅に遇おうとも、これ以上の損失を招こうとも、強国のためにいいように虐待されようとも、この公明正大の道を歩もうとするのか、それとも別な道を歩もうとするのか、というようが、ドイツ人一人一人の問いたいところである。それに対する答えはこうである。いわく、ここに掲げた道こそは、われわれの根性が賤民さながらの浮き草生活におちいるのを防ぐ唯一の道である、と。この道を歩んでどういう結果になるかは、今後に待たねばならない。これは深淵に望んだ精神的・政治的な冒険である。成功が可能だとしても、長い年月の後である。世間はまだわれわれを疑惑視するであろう。(p. 27)

 

罪の問題

序説

事実、われわれドイツ人には、われわれの罪という問題をはっきりと洞察し、そこから当然の帰結を引き出すという義務が一人一人に課せられている。それはわれわれの人間としての尊厳によって生ずる義務である。世界がわれわれについてどんなことを考えているかということですら、われわれは無関心であり得ない。われわれは人類に属し、まず人間であって、しかる後にドイツ人であるからだ。しかしわれわれにとってこれにもまして重要なことは、困苦と従属のうちにあるわれわれ自身の生活が、いまはただみずからを欺かない真実によってのみその尊厳をもち得るということである。罪の問題は他からわれわれに向けられる問題というよりは、むしろわれわれによってわれわれ自身に向けられる問題である。(p. 45)

勝利者の側からする有罪宣告は確かにわれわれの現実生活にとってきわめて重大な結果を及ぼし、政治的な性格を帯びはするけれども、内面的な転換という決定的な点では、われわれの助けにならない。この点では自分を相手とするほかに道はない。哲学と神学とが罪の問題の深みを照らし出す使命をもつのである。(p. 46)

 

A 区別の図式

このように四つの罪の概念を区別すれば、これに対する非難というもののもつ意味も明らかになってくる。例えば、政治上の罪は、国家の行為から生ずる結果に対してすべての公民が責めを負うことを意味しはするが、国家の名において行われた刑事犯罪に対する各公民の刑法上および道徳上の罪を意味するものではない。刑事犯罪については裁判官が、政治的に問われる責任については勝利者が、決定を下すのである。道徳的な罪は、互いに連帯の関係に立つ人間同士の、愛の闘争においてのみ、これを語ることができる。刑事上的な罪は具体的な情勢のうちから、あるいは文学や哲学の労作を通して、閃きでるということはあり得るかも知れないが、個人から個人へ伝達されることはまずあり得ない。刑事上的な罪をもっとも深刻に意識するのは、ひとたび絶対的な境地に達し、しかもこの境地に達したがゆえに、むしろこの絶対的心境をあらゆる人間に対してまだ発動させていないという自己の無力さを感じさせられた人々である。(p. 50)

(a) 犯罪は処罰される。その前提は裁判官が自由な意志決定によって本人の有罪を承認することであり、処罰されるものが処罰の正当なことを承認するということではない。
(b) 政治上の罪に対しては責任が問われ、その結果として償いは行われ、さらに政治上の権力および権利の喪失ないし制限を生ずる。戦争によって決定される出来事に関した罪であれば、敗者にとっては、破壊、国外追放、殲滅、などの結果が生ずることもある。また戦勝国は、自己の欲する場合には、敗戦国に負わせるべき結果を法の形式に、したがって節度の形式に映すこともできる。
(c) 道徳的な罪からは洞察が生まれ、それにともなって罪滅ぼしと革新が生まれる。これは内面的な過程であるが、この過程はやがて世界のうちに現実的な結果をも生ずるのである。
(d) 形而上的な罪の結果としては、神の御前で人間の自覚に変化が生ずる。誇りが挫かれる。内面的な行動によるこの生まれ変わりは、能動的な生き方の新たな源泉となることができる。ただしそれは、神の御前のおのれの分を知り、一切の行為をば傲慢さの微塵もあり得ない雰囲気に包んでしまう謙虚な気もちのうちに感じられる拭いがたい罪の意識と結びついた能動的な生き方である。(p. 55)

力が行使されるところには、力が揺り起こされる。戦勝国は敗戦国をいかに処分するかの決定権をもっている。敗者の悲哀がここにある。敗者は死ぬるか、それでなければ勝者の言いなりになるか、いずれかを選ぶほかに道がない。敗者は古来、大抵の場合、生きる方を選んできた。(ここに、ヘーゲルが鋭くも明らかにしたように、主人と奴隷という根本関係が根ざしている。)(p. 56)

全一体としての民族というものは存在しない。全一体としての民族を画すべき一線をどこに引いてみても、必ずやこの一線を越えるような事実がある。言語とか国籍とか文化とか共通の運命とかいうものは、互いに範囲が一致せず、交錯している。民族と国家とは一致せず、言語と共通の運命ならびに文化とも範囲は一致しない。
民族を団体として扱うことはできない。民族が壮烈な最期を遂げたり、犯罪者になったり、道徳的な行動や不道徳な行動をしたりするはずがない。そういうことを為し得るのは常に民族に属する個人のみである。刑法上の意味からも、政治上の意味からも(政治上の意味において責任を問われるのは国家に属する公民のみである)、道徳上の意味からも、全一体としての民族に罪があるとか、ないとかということはあるはずがない。(p. 63)

神の御前では妥当なことでも、それだからといって人間が審判者たる場合にも妥当だというわけにはいかない。神は地上に神を代表する法廷をもたない。教会に属する官職も、諸国家の外務官庁も、言論を通して示される世界の世論も、神を代表する法廷ではない。(p. 65)

ところで問題が政治的に問われる責任と刑法上の罪とにある場合には、同じ国家に属する公民の一人一人が、事実を論究し、明白な概念的基底に準拠して事実に対する審判を論議する権利を有している。政治的に問われる責任は、今となっては原理的に否認されてしまった政権にどの程度まで関与していたかによって、段階的に別れ、戦勝国の裁断によって決定される。いやしくも破局に臨んで生きながらえようと考えた者は、自分が現在生きているという事実に鑑みて、戦勝国の裁判に服すべきであることは理の当然である。(p. 66)

そもそものはじめから自国の領域内において原則的に自然法と人権を侵害してきた国家が、その後戦争において対外的に人権と国際法とを破壊した場合、その国家は自分が是認しなかったところの者をいまさら自分の利益のために是認してくれと要求する権利はない。(p. 68)

形而上の処罰と政治的に問われる責任――償い――は是認すべきものであるが、内面からのみ発しうる悔悟と生まれ変わりとを相手方に要求することは、是認しがたい。そのような要求に対しては沈黙による拒否があるのみである。このような内面的転換がまるで代償行為であるかのように誤って外部的に要求されたとしても、それだからといってこの内面的転換の現実的な必要性を忘れてしまうことのないように心がけなければならない。(p. 70)

 

B ドイツ人としての問題

序説

われわれはドイツ人としての罪の問題を明らかにしなければならない。これはわれわれ自身の問題である。外部から来る非難をどれほど聞かされ、この非難を問題として、かつはまた自分を映す鏡としてどれほど活用するとしても、このような外部からの非難とは無関係に、ドイツ人としての問題を明らかにするのである。
「これはお前らの罪だぞ」という上述の文句はまた次のような意味をもち得る。
お前らはお前らが甘受した政権の行った行為に対して責任を負うのだぞ、ということである。この場合にはわれわれの政治上の罪が問われているのである。
のみならずこの政権を支持し、これに関与したのはお前らの罪だぞ、ということにもなる。この点にわれわれの道徳上の罪がある。犯罪が犯されたとき、その場にいて何もしなかったのは、お前らの罪だぞ、ということにもなる。そこには形而上的な罪が示唆されている。(p. 75)

一 ドイツ人としての罪の区別

裁判が国民的恥辱なのではなく、裁判を招来したゆえんのもの、すなわちこのような政府が存在してかくかくの行為をしたという事実こそ、国民的な恥辱なのである。国民的恥辱という意識はドイツ人にはどっちみちのがれられなおものだが、それが裁判に対しての意識であって裁判の起こるもととなった原因に対する意識でないとすれば、それは方向を誤っている。(p. 83)

無力な人間はこの世界全体を唯一の拠りどころにしている。虚無を前にして、根源を探り求め、一切を包括するものを探り求めている。したがってむしろドイツ人には世界秩序のこのような先駆のただならぬ重要性が身にしみて感じられるだろうと思う。
ニュルンベルクではまだ打ち立てられはしないが、しかし、ニュルンベルクによって示唆される世界秩序は、この世界におけるわれわれ自身の救済の前提条件なのである。(p. 92)

近代国家においては誰もが政治的に行動している。少なくとも選挙の際の投票または棄権を通じて、政治的に行動している。政治的に問われる責任というものの本質的な意味から考えて、なんぴとも、これを回避することは許されない。
政治に携わる人間は後になって風向きが悪くなると、正当な根拠を挙げて自己弁護をするのが常である。しかし政治的行動においてはそういった弁護は通用しない。
「善意でやったことなのだ。狙いは良かったのだ」「例えばヒンデンブルクはドイツを破滅させようとか、ヒットラーの手にドイツを引き渡そうなどとは思っていなかったのだ」。そんな弁解はヒンデンブルクにとって何の足しにもならない。ヒンデンブルクはドイツを破滅させ、ヒットラーの手に引き渡したのだ。要するにそれが政治上の問題なのだ。
あるいはまた「災厄を見抜きもし、予言もし、警告もした」などというが、そこから行動が生まれたのでなければ、しかも行動が功を奏したのでなければ、そんなことは政治的に通用しない。(p. 95)

仮面をかぶった生き方は、戦争に生きながらえることを望んだ人々にとって避けがたい生き方であったが、この生き方であったが、この生き方によって道徳上の罪が生じた。秘密警察というようなたぐいの威嚇的な審判機関に対する虚偽の忠誠宣誓とか、ハイル・ヒットラー式の挙動とか、会合に対する参加とか、そのほか、われもまた人後に落ちないことを見せかけるさまざまのしぐさとか、そういった点で一度も罪のなかった人が、われわれドイツの人間のうちに一人でもあるだろうか。自己欺瞞の気持ちからこれを欺瞞し去るのは、よほど忘れっぽい人間でなければできないことである。偽装ということはわれわれの現実生活に備わる根本的な傾向の一つである。偽装がわれわれの道徳的良心の重荷となっている。(p. 98)

それはともあれ、祖国に対する義務はその時々の支配権に対する盲目の服従よりも遙かに根本的なものである。祖国の魂が破壊されれば、祖国はもはや祖国ではない。国家の権力はそれ自体が目標なのではない。それどころか、国家がドイツ的な本質性格を破壊する場合には、国家権力はむしろ有害である。それゆえ祖国に対する義務ということからはけっして首尾一貫性をもってヒットラーに対する服従という結論が出てくるわけではなく、またヒットラー政権下の国としてもドイツはなおかつ是が非でも戦争に勝たなければならないという結論が首尾一貫性をもって出てくるわけではない。ここに良心の錯誤がある。それは単純な罪ではない。ことに夢にもそんなことを知らなかった若い大部分の人たちの悲劇的な錯乱である。(p. 100)

他の人たちの災厄に対して盲目だったということ、すなわち自分の心にこの災厄を感ずるだけの想像力が欠けていたということ、さらにまた目で見た災厄に心の痛む思いをしなかったということ、これが道徳的な罪なのである。(p. 108)

道徳上からは、私が自分の生命を危険に曝す義務が生じ得るのは、なんらかの目標を実現しようとする場合である。しかし生命を犠牲にしたところで何の目的も達せられないことが明らかに分かっている場合には、道徳上からは生命を犠牲にせよという要求は成り立たない。道徳的に成り立つのは生命を危険に曝すような冒険を要求することであって、絶対に逃れられない破滅を要求することではない。(……)それは現実世界内部で設定される目的から見て無意味なことは避けて、現実世界における目的の実現のためにおのれの一身を全うせよということである。(p. 110)

道徳上からみて意味のある要求が尽きてしまった後でも、形而上的な罪は依然として消すことのできない要求となって残っている。不法や犯罪が行われるところに居合わせているのであれば、はやこの連帯性は傷つけられている。そういうことが行われるのを防止するために細心の注意を払って自分の生命を敢えて危険に曝すというだけでは不充分である。とにかくそういうことが行われ、しかも私がそこに居合わせて、そして他の人間が殺された今もなお私が生きながらえているという場合には、私がまだ生きているということが私の罪なのだということを私に知らせる声が心のうちに聞こえるのである。(p. 110)

私が一九四五年八月に行った講演の一節をここに再録してみよう。「われわれは一九三三年以来別人になったのだ。一九三三年、見せかけの合法性によって憲法の侵犯が行われた後に独裁制が樹立され、国民多数の酔えるがごとき興奮のうちに反対者を押し流してしまったとき、屈辱のうちに死をえらぼうと思えば選ぶことができたのだった。一九三四年六月三十日〔大殺戮があった。〕に、さてはまたわれわれの友人であり同胞であったユダヤ人が略奪、追放、殺害をこうむったことによって政府の犯罪が公然と表面に出てきたとき、あるいはまた一九三八年、ドイツ全土にわたってユダヤ人の教会堂(シナゴーグ)・神殿が焼け落ちて、われわれの上に拭いがたい汚辱を残したとき、死をえらぼうと思えば選ぶことができたのだった。戦争が始まった後、政府が、『戦争においては、交戦国の後日の和解をまったく不可能ならしめるような行為をしてはならない』ということを国際法の条件として要求したドイツ最大の哲学者カントのこの原則をはじめから踏みにじったとき、死をえらぼうと思えば選ぶことができたのだった。ドイツ国内で政府に反抗してみずから死をえらび、ないしは少なくともそのために殺された者は幾千人、その大部分が名も知れぬ死を遂げたのだった。われわれ生き残ったものは死をえらばなかったのである。われわれに友人たるユダヤ人が拉致されたとき、われわれは街頭に飛びだして、わめき立て、われもまた彼らとともに粉砕されてしまうという危険を冒しはしなかった。われわれが死んでみたところでどうにもなりはしなかったろうという正しくはあるが弱々しい理屈をつけて、生きながらえる道を選んだのであった。われわれが今生きているということが、われわれの罪なのである。神の裁きの前に、何ゆえに深い屈辱を覚えるかを、われわれは知っている。この十二年間、言ってみれば、われわれの性根がたたき直されたようなものである」(『ヴァンドルング』誌(一九四五/四六年)第一巻第一号六六-七四頁に転載された)。(p. 111)

われわれの行った罪の概念の分析は、罪を逃れるためのトリックになることがある。罪の区別が表に出ているために、その根源と一体性とを覆い隠すことができる。区別を用いて、自分の都合の悪いことをいわばごまかし去ることができる。(p. 116)

かくして、政治的に問われる事実上の責任の上に意識が加わり、この意識を通じて今までとは異なった自覚が加わってくる。すなわち国民全体が国家のすべての行為の結果を事実上負わされるということ、ローマ人のいわゆる「君あやまつところ、臣これをつぐなう」ということは、全く経験的な事実である。これに反して国民がみずから責めを負うべきことを意識するのは、かれらの政治的自由の目覚めを告げる最初の徴候である。この意識が確立され承認されれば、そこで初めて自由が現実に存在するのであり、自由をもたない人間の側から外部に対して提起される要求だけが存在するのではない。(p. 120)

 

二 弁解の可能性

告発を耳にするわれわれは、時としてそこにパリサイ的な偽善の口吻を聞く思いがする。危険のさなかからのがれ出はしたものの、政治犯収容所のなかでの苦悩や死と比べ、あるいはドイツにおける不安と比べて、亡命の苦悩はあるにしても、テロの弾圧を蒙ることもなく外国で暮らしてきたにもかかわらず、今になって亡命そのものを手柄のように考えるそういう人たちの偽善的な口吻を感ずるのである。こういった口吻に対しては、われわれは別に腹を立てたりしないでこれを拒否する権利があると思う。(p. 130)

 一九三三年初春、ヴァチカンの法王庁はヒットラーと条約を結んだ。パーペンが交渉に当たった。ヒットラー政権の最初の力強い裏付けであり、ヒットラーの面目は大いにあがった。それははじめからあり得べからざることのように思われたが、しかしそれは事実だったのだ。われわれは慄然とした。
すべての国がヒットラー政権を承認した。感嘆の声が聞かれた。一九三六年、ベルリンでオリンピック大会が催された。世界中の人間が潮のように集まった。腹立たしく、われわれはここに姿を表わす外国人を見ては、この人たちがわれわれの苦境を見放しているのだという心痛を覚えるのだった。けれども彼らには、多くのドイツ人たちと同様に、そんなことは分かっていなかった。
一九三六年、ヒットラーはラインラントを占領した。フランスはこれを黙認した。
一九三八年、ヒットラーに宛てたチャーチルの公開の書簡が『タイムズ』誌に掲げられた。「万が一にもイギリスが一九一八年のドイツの不幸にも比すべき国家的不幸におちいることがあれば、余は貴下のような意志力と精神力とを具えた人物をわれらに遣わしたまえと神に祈るであろう」といった一節があった(……)。
一九三五年、イギリスはリッペントロップを通じてヒットラーと海軍協定を結んだ。これはわれわれにとっては、イギリスがヒットラーと平和を維持することができさえすれば、イギリスはドイツ民族を遺棄して顧みないのだということを意味していた。(……)
一九三九年、ロシアがヒットラーと協定を結んだ。そのため、最後の瞬間になって戦争がヒットラーにとって初めて可能となったのだ。それで戦争が始まると、すべての中立国が圏外に立ったのである。世界中が一つになってこの悪魔的な仕業を抹殺する単一共同の努力は決してしてはいなかった。(p. 145)

(……)もしアメリカにヒットラー流の独裁制が現れるようなことになれば、いつまで続くか知れぬ絶望的な破滅が来るのだという考え方が、われわれには悪夢のようにのしかかるのである。われわれドイツにいる者は外部から解放されることができた。ひとたび独裁制が敷かれると、内部からの解放は不可能である。アングロサクソン人の世界が、すでにわれわれの経験したように、独裁制によって内部から征服されれば、これを解放しうる外部の世界は存在せず、解放は不可能である。(p. 153)

われわれ自身の罪をその根源まで突きつめると、人間のあり方ということにぶつかる。人間のあり方はドイツ的な形をとって、独特な恐ろしい罪の造り方となって現れたけれども、それは人間が人間たる以上、人間のうちに宿る可能性なのである。(p. 155)

 

三 われわれの罪の清め(ライニグング)

泥仕合には生命の高まりがない。真に語り合うということが行なわれなくなる。これは精神的交流の一種の杜絶である。精神的交流の杜絶は常に不真実の徴候であり、したがって正直な人々には絶えず隠れた不真実を探ろうとする動機を与えることになる。ドイツ人が道徳的および形而上的に同じドイツ人に対する審判者に成りあがったり、精神的な交流を求める善良な意志が消滅して、他人に強制を加えようとする意志が仮面をかぶって横行したり、罪の告白を相手方に要求することが認められたり、「自分には罪がないのだ」という傲慢な気もちから他人を見下したり、自分に罪のないことを意識すれば他人に罪があると断定して差し支えないように思ったりする場合には、必ず隠れた不真実があるのである。(p. 163)

さて心理学的に描写した人間一般に通ずる現象は、今日、ドイツ人としてのわれわれの罪の真剣さと切っても切れない結びつきがある。われわれに迫っている危険は二重の迷路である。一つの邪道は罪を告白して身を投げ出して慟哭するという行き方であり、今一つは頑なにおのれを閉ざす尊大不遜の態度である。
多くの者はおのれの現実存在の時々刻々の利害に誘惑されてしまう。罪を告白した方が自分に有利なように感じられる。道徳的にけちのついたドイツに対する世間の憤激に対しては、ドイツが唯々諾々として罪の告白をするのが無難である。権力者にはへつらいをもって対する。かれらは権力者が聞いて嬉しがるようなことを言いたいのである。加うるに、罪の告白によって自分が他の人よりもましな人間になったような気がするという致命的な傾向がある。謙虚な態度のうちにはくせものの自尊心が潜んでいる。おのれを白日に曝すとき、そこには、おのれを白日に曝さない人間に対する攻撃がこもっている。(p. 166)

すなわちヘーゲルによれば、無力な者として、奴隷として生きようとする決意は、生を樹立する真剣味を帯びた行為である。この決意からは一切の価値評価を修正する人間の生まれ変わりが生ずる。この決意を遂行し、そこに生ずる結果を引き受け、進んで苦悩と労役を選ぶことになれば、これこそ人間の魂のこの上もない展開の可能性なのである。ヘーゲルの説くところによれば、精神的な未来を担うものは奴隷であって主人ではない。ただしそれには奴隷がその苦難の道を誠実に歩むのでなければならない。何一つ無償で与えられるものはない。何一つおのずから生ずる者はない。(p. 167)

(……)われわれは自分に罪がないという気もちには容易になりたくない。致命的な災厄の犠牲者だなどと自分を憐れみたくはない。苦悩に対して讃辞を期待したくもない。私の感じ方、考え方、行動の仕方のどこが間違っていたのかと、みずからに問い糾し、おのれを仮借なく照らし出したいと思う。罪はなるべく広範囲にわれわれ自身に求め、事物に求めず、他国に求めず、罪を回避して困苦にかこつけることはしたくない。これは転向の決意、日々善くなろうとする決意から発する気持ちである。ここではわれわれは、もはやドイツ人としてでなく、集団としてでなく、一個の人間として神の前に立っているのである。(p. 177)

われわれドイツ人はここにおいて二つに一つを選ばねばならない。一つは、ドイツいがいの世界では考えていないがわれわれの良心のうちからは絶えず叫ばれている罪を引き受けるということが、ドイツ人としてのわれわれの自意識の一つの基調となる場合である。その場合、われわれの魂(ゼーレ)は生まれ変わりの道を歩むことになる。今一つはどうということもなくただ漫然と生きる平凡な道に転落する場合である。(……)
罪の意識の深みから発した清めの道を抜きにしては、ドイツ人はいかなる真理をも実現することができないのである。(p. 181)

 

訳者あとがき

哲学の目的は完結した体系を提示することではなく、個人個人の自由に訴えてその決断を促すにある。哲学的思惟は科学的思惟のような普遍妥当性はないが、人を内面的に生まれ変わらせ、おのれのうちの根源を呼びさます。真理は権威として与えられるのではなく、以心伝心的な交流によってえられる。哲学的思惟は超越の仕方に従って哲学的世界定位と実存照破と形而上学とに分かれる。形而上学は絶対世界すなわち超越の暗号を解読することである(『哲学』三巻、一九三二年)。(p. 201)

 

解題――責罪の内に苦悩している理性  ヤスパースとハイデッガーの悲劇          福井一光

ナチス政権が成立した時、彼の父カール・ヴィルヘルムは、こういったという。「お前、われわれは祖国を喪失したんだよ」と。そして、追放された者、迫害された者として過ごした国家社会主義の暴力的支配の状況下を生き抜いたヤスパースは、「今初めて、私がドイツ人であり、私の祖国を愛するのだと、ためらいなくいいうる」という心境に至り、「われわれドイツ人がわれわれの自覚のなかで再びおのれに立ち返ることのできる清浄な空気を作りだそうと」本書を執筆したのであった。(p. 203)

 

(2012/3/31)