ブリコラージュ@川内川前叢茅辺 <書 抜き書きメモ20>

ジュディス・バトラー
生のあやうさ
 哀悼と暴力の政治学
本橋哲也訳、以文社、2007年

二〇〇一年秋に秋に私が感じたこと、それはアメリカ合州国が自らをグローバルな共同体の一員として定義する機会を失いつつあること、その代わりにアメリカではナショナリズム言説が力を得て、監視メカニズムが強化され、憲法で保障された権利が停止状態になり、あからさまなものであれ暗黙のものであれ、検閲が蔓延することになってしまったということだった。あのような出来事のあと、おおやけに発言をしてきた知識人たちが、正義の原則に基づく自らの公的債務に迷いを覚え、ジャーナリストたちも真相究明というジャーナリズムの伝統に背を向けてしまった。アメリカ合衆国の国境が侵犯され、看過できない脆弱性が暴露されたこと、人命におそるべき被害がもたらされたこと、それらは恐怖と悲嘆を引き起こし、今でもそのような状態が続いている。(p. 3)

当時、アメリカ合州国への攻撃の「理由」を理解しようとした人は、攻撃した者を「免責」していると一様に見なされた。たとえば『ニューヨーク・タイムズ』の社説は「平和好き(ピースニクス)」――六〇年代の枠組みに根ざしたナイーヴで懐古的な政治活動家を指して使われた言葉――と、「拒否好き(レヒューズニクス)」――ソヴィエト式の検閲と統制に従うことを拒否し、その結果としてしばしば職を失った者たち――にかけて、「大目に見る好きもの(エクスキューズニクス)」という単語を使って非難した。もしこの用語が戦争に対して警告した人びとを中傷するためにつけられたものなら、それは意図せずして、戦争に抵抗する人たちが勇気ある人権活動家と共鳴する可能性をも導き出したと言える。(p. 6)

エマニュエル・レヴィナスの考えによれば、倫理とは生の脆さ(プレカリアスネス)に対する危惧に依存している。それは他者の脆弱な生のあり方の認知から始まる。レヴィナスは「顔」に注目し、それが生の脆さと暴力の禁止をともに伝える形象であるとする。攻撃性は非暴力の倫理では根絶できない。レヴィナスはこのことを私たちに理解させようとする。倫理的闘争にとって人間の攻撃性こそが絶えざる主題なのだ。攻撃が押さえ込もうとする恐怖と不安、これらを考察することで、レヴィナスは倫理とはまさに恐怖や不安が殺人的行為にいたらないように抑えておく闘いにほかならないと言う。レヴィナスの議論は神学的で、神を源泉とする倫理的要求をたがいに突きつける人間の対面を引きだそうとする。(p. 13)

 

第一章 解釈と免責――私たちが聞くことができるものとは?

「九月一一日にはどんな口実もありえない」という叫びが、こうしたテロ行為を可能にした世界を作るのにアメリカ合州国の外交政策がどう手助けしてきたかについての真摯な公的議論をすべて押し殺してしまった。このことをもっとも如実に示す例が、、よりバランスのとれた国際紛争の報道の試みが放棄され、アメリカ合州国の軍事政策に対するアルンダティ・ロイやノーム・チョムスキーのような重要な批判が、アメリカの主要新聞から軒並み追放されてしまったことだ。(……)きわめて深刻なことに、異議申し立てを現代アメリカ合州国の民主主義的文化の重要な価値と見なす考え方そのものが疑われるようになったのである。(p.22)

次のような問いを発してもおそらく誰も聞いてくれないかもしれない。それでも聞いてみたいのだ。グローバルな枠組みのなかで、別の意味、もう一つの可能性を見つけて、一人称の語りを脱中心化することはできないのだろうか、と。攻撃を受けた物語を語るな、と言っているわけではない。九月一一日に始まる物語を語るな、と言っているわけでもない。こうした話は語られる必要があるし、こうした出来事にまつわる巨大なトラウマによって語る能力が大きく削がれながらも、じっさいに語られてもいる。しかしもし私たちが自らをグローバルな行為者として自認しようとするのなら、そしてさまざまな行いがまさに演劇的にせめぎあっている歴史的に創設されたフィールドのなかで私たちが行為しようというのなら、アメリカの単独行動主義が形づくる語りの視野狭窄から抜け出し、その、いわば防衛的な構造から解放されることによって、自分の生が他者の生と根源的にからまりあっているということを考えていく必要がある。(p. 28)

アメリカ合州国がいま抱えている問題の一つは、リベラル派が黙って戦争を支持していることで、彼らの存在がアメリカ合州国の国家暴力にテロリストというレッテルが貼られるのを防ぐ理由となっていることだ。「原因」についてなど聞きたくもないと思っているのは保守派の共和党員だけではない。 (p. 30)

たしかに左翼的分析のなかには、アメリカ合州国は自分でまいた種を刈り取っているのだ、と単純に言い切るものがある。あるいは、アメリカはこの事態を自分から招いたのだと言うものもある。しかしこれらは、閉じられた解釈という点、言い方は違うがアメリカ合州国の優越性と万能を主張する点では同じだ。これらも、ある単一の主体にこうした行動が起因していると想定する解釈である。そしてその主体は実は主体でも何でもなく、アメリカ合州国こそがその主体の場所を占めているのであって、他にはどんな主体も存在しない、仮に存在しているとしても、それはわれわれアメリカに自身に従属している、とこう主張しているのだ。(p. 31)

二〇〇一年一〇月二九日にフィリピンのアロヨ大統領はこう言った――「テロを育てる最大の温床は貧困だ」。あるいはアルンダティ・ロイはビン・ラーディンのことを「アメリカの外交政策で荒廃させられ、棄てられた世界の肋骨から作り出された」と主張する。こうした言葉には原因の正確な解釈を超えるような何かがある。「温床」は必ずしも何かを産み出すわけではないが、産むことはできる。またアメリカ合州国の外交政策が荒廃させた世界から出現する肋骨とは、定義上、見慣れない錬金術的な仕方で現れてきたものだ。この肋骨は廃棄物からできており、その骨は死者のものである。(p. 33)

(……)私たちは次のように言うことができる、というよりむしろ言わなければならない。アメリカ合州国の帝国主義はアメリカ合州国への攻撃に必要条件であって、こうした攻撃はそれが起きた背景である帝国主義の地平線なしでは不可能なのだ、と。しかしアメリカ帝国主義がここでどのような形で出現しているかを理解するためには、その犠牲者と自らを認識している者たちによって帝国主義がどのように体験されているかだけでなく、どのようにしてそれが行動し計画する主体として自らを構成するのかを理解すべきである。 (p. 35)

私たちの行いは自己から発するものでなく、状況に左右される。私たちは行動すると同時に、周りの影響によって行動させられる動物であり、私たちの「応答責任(リスポンシビリティ)」なるものも、そのふたつの結節点にこそ存在するのである。(p. 42)

アメリカ合州国は手前勝手な軍事解決を追求することで、自らの暴力をあからさまに実行し、ムスリムの若者たちがテロ組織に参加する新たな動きの温床を作り出してしまっている。戦略的にも道徳的にもこれは貧しい発想と言わねばなるまい。イスラーム地域で多くの人びとから憎まれる敵となってしまった自分のイメージを無視することによって、アメリカ合州国は暴力に対応するのに、「第一世界」の外の生活にはなんの敬意も抱いていない軍事主義権力という自らの評判をより強化する結果を招いているのだ。私たちが今、より多くの暴力で応答することは、アメリカ合州国がそれらの地域から主権を奪うような暴力的な意図があることの「さらなる証拠」として受け取られている。(p.43)

第二章 暴力、哀悼、政治

最近のグローバルな暴力に照らして私に取りついて離れない問いがある。誰が人間としてみなされているのか? 誰の生が〈生〉と見なされているのか? そして究極的には、何が生をして悲しまれるに値するものとなりうるのか? 私たちはそれぞれ場所も歴史も異なるが――それでも「私たち」という言い方をしてもかまわないのではないかと思うのだが――、それは私たちのすべてがだれかを失うことがどういうことか、なんらかの認識をもっているからだ。失うことで私たち皆はかろうじて「私たち」となる。 (p.50)

人が喪に服するのは、喪失という経験によって自分が、たぶん永久に変わってしまったことを受け入れるときなのではないか。変化の結末のすべてを人はあらかじめ知ることができないのだが、おそらく喪は、ある変化を経るのに同意することと関係がある(おそらくある変化に屈服すると言うべきかもしれない) (p.52)

(……)私たちが「私のセクシュアリティ」とか「私のジェンダー」について語るとき、それはいつも私たちがしていることだし、なすべきことでもあるのだが、そのような言葉の用法によって部分的に隠蔽されてしまう何か複雑なものが意味されているのだ。関係の様態としては、ジェンダーもセクシュアリティも正確には所有関係ではなく、むしろ所有される一つの様態、誰か他の人のために、誰か他の人のおかげで存在する仕方のことである。たとえ、私は自律的な自己というよりも自己の関係的な味方を重視しえているのだとか、自律を関係性の用語で再記述しようとしているのだ、といってみても詮ないことだろう。(p. 54)

身体が不可避に孕む死と可傷性と行為能力(エージェンシー)。私たちの肌と肉は他者のまなざしにさらされているだけでなく、触覚と暴力にも露出しており、身体があることによって私たちはそのような他者たちの行為媒体(エージェンシー)とも手段ともなるリスクを抱えている。たしかに私たちは自分自身の身体をめぐる権利を求めて闘うが、私たちの闘う根拠である身体そのものが、実は私たちだけのものであったためしはないのだ。どんな身体も公的な次元を持っている。公共圏における社会的現象の一つとして構築された私の身体は、私のものであって、同時に私のものでない。最初から他者の世界に差し出されたものとしての私の身体は、他者の痕跡を刻まれ、社会生活のるつぼのなかで形成されている。(p. 58)

喪、怖れ、不安、怒り。アメリカ合州国で私たちは、暴力に囲まれ、暴力を犯し、いまでも犯しつづけ、暴力に苦しみ、暴力を恐れて暮らし、より多くの暴力をたくらんでいる。「テロに対する戦争」という名で無限に戦争をしつづけるという茫漠とした未来の不安におののきながら。暴力が最悪の接触であることは間違いない。それは人が他の人間によって傷つけられやすいことを、もっとも恐ろしいやり方で示すことのほかならないからだ。(……)ある意味で私たちは皆、このように暴力によって傷つけられる可能性とともに生きている。それが肉体を持った生の一部分である他者に対する可傷性であり、私たちには予測できない。そして特定の社会的・政治的状況の下では、この可傷性が増幅されるのだ。(p. 62)

暴力、哀悼、可傷性、私はそれらについてここで語りながら、より一般的な人間についての観念があるということを考えている。それはまさに初めから私たちが他者に対して開かれて在ること、私たちが個として存在する以前に、身体が要求するところによって一連の根元的な他者性にゆだねられている、そのような概念だ。このことは、私たちが自ら理解したり判断したりするには若すぎるもの、そのような何かに対して可傷性を負っており、それゆえ、暴力によって傷つけられやすい状態にあることを意味する。しかしまたそれは、別の接触に対しても私たちが傷つきやすいということであり、そこには私たちの存在が抹殺されてしまうことが含まれている一方で、それが私たちの生を物理的に支えてくれることも他方において含意されているのである。 (p. 66)

私が言っているのは、人間とは見なされない人間、すなわち人間の範疇から誰かが除外されることによって限定されている人間概念のことだけではない。すでにある存在観念のなかに除外されている者たちを入れればよいという問題ではなくて、その存在論そのもののレヴェルで反抗を試みること、そこでさまざまな問いを立てることが重要なのだ。現実とは何か? 誰の生が現実か? 現実はどのようにして再度作り出すことが可能か? いま現実とされていない者たちは、ある意味ですでに非現実化の暴力をこうむっている。それなら、暴力と「非現実的」と見なされる生との関係はどうなっているのか? 暴力がそのような非現実をもたらすのか? そうした非現実生のもとで、暴力というものは生ずるのか?(p. 70)

もし、非現実の者たちに対してなされるのが暴力であるというのなら、暴力の観点から見れば、すでにそのような者たちの生は否定されているのだから、暴力がその生を傷つけたり、否定することはできないということになる。しかしそうした者たちは自分たちとは変わった仕方で生きているとされており、だからこそ何度もくりかえし否定されなくてはならない。彼女/彼らを悼むことはできない、なぜならそうした人びとはすでに失われているからであり、というよりも、けっして「失われた」と過去形で言えない存在で、執拗にその死の状態のままで生き続けているように見える。だからこそ殺されなくてはならないのだ。暴力の対象がこのようにけっして滅びないように見えるので、暴力は何度でも更新される。こうした大文字の「他者」、その非現実化とはそれが生きているのでも死んでいるのでもないこと、つまり永久に亡霊の状態でいるということだ。テロに対する戦争を果てしない闘いとして想像する無際限のパラノイアは、自らの的がこのような亡霊として無限に生き続けているという理由によって、自己を正当化する。暴力的な目的を持ったテロ集団がいまだに活動していることを疑わせるような根拠があろうがなかろうが、そのような正当化がなされるのである。(p. 70)

アメリカ合州国在住のひとりのパレスチナ市民が、さきごろ『サンフランシスコ・クロニクル』にイスラエル軍によって殺されたパレスチナ人二家族の死亡広告を出そうとして、死亡記事は死んだことを証明する書類がなければ受け入れられないと言われたという。新聞の担当者によれば、「思い出のために(イン・メモリアム)」という記事としてなら受け入れることができるので、その死亡広告はメモリアルとして書き換えられ、再度新聞社に送られた。ところがこのメモリアルも拒絶される結果となる。新聞としては誰の感情も害したくないので、というのがその理由だ。(……)悲しみや喪失を公共の場で語ることがどうして「感情を害する」ことになるのか。どうすれば死者の思い出を語ることが人に損害を与える語りとして機能するのか? (p. 73)

さいごに、おおやけの悲嘆のなかのある特定のものだけを禁止することによって、そうした禁止にもとづく公共空間が作られるメカニズムを考察することも大事ではなかろうか。メディアには出てこないイメージがある、呼んでは行けない死者の名前がある、悼んではならない喪失がある、非現実化され、かき消されてしまう暴力がある、こうした禁止や削除によって公共空間が形づくられる。このような禁令は軍事的な目的と実行にもとづいたナショナリズムをかきたてるだけでなく、そうした暴力が人におよばす具体的な効果を明らかにしようとする内側からの異議申し立てを抑圧するのだ。 (p. 77)

九・一一とその後の出来事によって、多くのアメリカ人が経験したもの、それはたぶん、第一世界観念の喪失とでもいうべき事態ではないだろうか。これはどんな喪失なのか? それは特権の喪失である。他国の主権を侵しながら、自分自身の主権的境界はけっして侵犯されない位置に自分だけがつねにある特権。アメリカ合州国とは攻撃することができない場所であって、その生活は外から来る暴力から守られており、私たちが知っている暴力といえば自分自身を犯すものでしかない、そんな国。私たちが他人に犯す暴力はただ、そしてつねに、選択されたものだけが人びとの目に触れる。でも私たちは今、国家の境界線が思っていたよりも浸透可能なものであることがわかった。その結果、広く行きわたっている反応は、不安、怒り、安全への過剰な欲望、外の存在と考えられるものに対する境界線の強化である。 (p. 79)

アメリカ合州国になされた暴力を私はいくつかの倫理的理由によって非難するし、それが過去の罪に対する「当然の罰」であるとは思わない。しかし同時に私は、今回私たちが経験しているトラウマが、アメリカ合州国の傲慢さを再考し、より根本的に平等な国際的絆を築くことの重要さを認識する機会であるとも考える。そのためには、この国全体にとって、ある「喪失」が必要である。世界そのものがアメリカ合州国の主権のおよぶ特権的領域であるという発想を捨て、喪失し、哀悼しなくてはならない。ナルシスティックで誇大な妄想は失われ、かつ悼まれるべきだ。(p. 80)

しかし不孝なことに、現状ではまったく反対のことが起きているようだ。アメリカ合州国は自国の主権が脆さ(ウィークネス)を露呈しているまさにそのときに、ほとんど時代錯誤とも言えるほどに自らの主権を強弁しているわけだし、国際的支援を必要としているのに、自分が指導者であるとの主張を変えようとしてしない。国際協約を破りながら、他の国にアメリカにつくのか、それとも敵となるのか、などと迫る。ジュネーヴ条約を遵守すると言いながら、署名国ではあってもそれに縛られることはないとする。アメリカ合州国は、この条約に従って行動するかどうか、条約のどの部分が自分に当てはまるかは自分で決め、一方的に自分だけで条文を解釈するという。(p. 81)

(……)このような他者性の拒絶が「フェミニズム」の名において起きていること、これはきわめて憂慮すべき事態だ。ブッシュ政権側へのフェミニストの宗旨替えによって、女性の解放という命題がアフガニスタンに対する軍事侵攻の正当化にすりかえられてしまった。このことは政治的主題としてのフェミニズムが、第一世界の無謬性という想定を復活させるために、いかにして使われるのかの事例となろう。ここにもまさに、かつてガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァクがフェミニズムの文化帝国主義について述べたように、「白色のオトコが茶色のオトコの手から茶色のオンナを救おうとする」構図があるのだ。(p. 83)

(……)私たちが他者に自己の承認を迫るとき、その要請するという行いにおいて、すでに私たちは何か別の新しい存在となっている。なぜなら、私たちは他者にそう呼びかけることによって、もっとも広い意味で言語によって営まれる他者の必要、他者への欲望によって自己構築されるからであり、そのような他者がいなければそれは不可能だからである。(p. 87)

「私」と早まって、あるいは遅ればせながら呼ばれているもの、それは最初からなにかの虜になっている。たとえそれが暴力であっても、自己を棄てることであっても、ある社会機構であっても、そうしたものに捕らえられているのが「私」という存在なのだ。その時点では、まったく何ものにも捕らわれていないことで、自分の存在と生成の条件を失うよりは、貧困や蔑みとともにあるほうがまだましのように思える。(p. 89)

アンティゴネーは自らの死を賭して、クレオンの命令に反し自分の兄を埋葬したのだが、これこそは、主権の増長と国民的統一のヘゲモニーが強まるなかで、禁令に反しおおやけに哀悼を敢行するという政治的リスクの冒し方の範例だ。喪に服してはいけないと言われた喪失に対して、それをめぐる事実を私たちが明らかにしようとするとき、アメリカ合州国とその連合国が殺した人びとを、私たちが名付けることによって「人間」の範疇に入れようとするとき、どんな文化的障壁と私たちは闘わなくてはならないか? 同様に、フェミニズムが交渉を余儀なくされる文化的障壁も、権力の働きと、私たちにつきまとっている可傷性とをめぐって起きてくるはずなのである。(p. 91)

彼女たち(「ウィメン・イン・ブラック(黒衣の女たち)」)の基本姿勢のひとつは、チャンドラ・モハンティの重要な論文、「西洋の眼差しの下で」から来ており、この中でモハンティは、フェミニズム内部の進歩の概念が、いわゆる西洋の行為能力(エージェンシー)や政治的動因の概念とは相容れないと論じた。モハンティの議論によれば、第一世界のフェミニストたちが普遍的な主張として第三世界の女性たちの抑圧状況批判するときの比較の枠組みは、第三世界の女性たちの行為能力を読み誤っているだけでなく、第三世界の女性たちの存在や要求を画一的に表象している。(……)行為能力のあり方を勝手に第三世界の文脈に押し付け、ヴェールやブルカなどに象徴させて女性たちに行為能力があたかもないかのように言うことは、ブルカをかぶる女性たちにとってそこにどんな文化的意味があるのかを理解できていないだけでなく、そうした女性たちにかかわる主体的行為の意味合いそのものを否定してしまうことになるのである。モハンティの批判は徹底して正しいものだが、これはなんと十年以上も前(一九九一年)に書かれている。(p. 91)

たとえば女性たちのあいだには、現代の政治において理性の果たす役割について意見の食い違いが存在する。スピヴァクの主張では、資本主義企業の搾取に苦しむインドの女性を政治化するのは、理性などではなく、宗教から発した一連の価値観であり神聖なるものの概念だ。またアドリアーナ・カヴァレーロによれば、私たちがたがいにさらされているからであって、認識するものとされるものとの交換ができない認識を要求しているからだという。(p. 93)

(……)もし私があなたによって攪乱させられるとしたなら、あなたはすでに私のなかにあることになり、私はあなたなしではどこにも存在しない。私は自分が「あなた」に結びつけられている仕方を見出すことによってしか、「私たち」に達することができない。翻訳しようと試みることによって、しかし同時に、私があなたを知るためには、私自身の言語が壊れ台無しにしなくてはならないことを知ることによって。「あなた」とはこのような自己の拠って立つ地盤の喪失によってのみ、私が獲得する何かである。こうして人間が生まれていくのだ。何度も何度も、それがいったいどんな存在なのかを私たちはいまだ知りえないとしても。(p. 95)


第三章 無期限の拘留

フーコーは一九七八年に書いた統治性(ガヴァメンタリティ)についての論文で、政治権力が人口と財産を管理し規制する策略としての統治が、国家権力活性化の主要な方法となった、と論じていた。興味深いことに彼は、国家が統治性によって法的に正統化されると言っているのではなく、たんに「活性化される」と述べているわけで、つまり、統治性のない国家は衰退していくことを示唆している。フーコーの示唆によれば、かつて国家は主権によって活性化されていたのであり、ここでの主権とは伝統的に、法による支配に正統性を与え、それを保証する者に国家権力を代表する権利を差しだすものと理解されていた。このような伝統的な意味での主権は信用を失い機能しなくなるにつれて、統治性が主権とは異なる、近代後期に特徴的な権力形態として出現してきたという(p. 99)

統治性がこのように重要な位置を獲得してきたというフーコーの見方は正しいかもしれないが、統治性の浮上がつねに主権の衰退と軌を一にしているわけではないことを考えるのは重要だ。むしろ、統治性の浮上は伝統的な意味での主権の非活性化に依存しているのではないか。つまり衰退したのは、国家に司法的正統性を付与する機能としての主権、あるいは国家権力の統一的場としての主権なのだ。(p. 100)

フーコーは主権の衰退の結果、登場してきた統治性について考察しながら、時間の順序について疑問を呈して、この二つの権力形態が同時に存在する可能性を主張する。私としては、人口の管理と(これが統治性の主眼だ)、司法権を停止し制限する営みにおける主権の行使、この双方との関係において、国家権力の現在の構成は、新しい戦犯収容所の文脈で再構築されていると考える。(p. 101)

行政部門が司法権力を自らのものとし、大統領というひとりの個人に、いつどこで軍事裁判が開かれるべきか否かを決定する一方的で最終的な権力を与える。このような時代はまるで主権が目に見えず、権力の分立が近代政治の前提条件として起きる以前の歴史的時代に後戻りしたかのようだ。むしろこう言い換えたほうがいいだろう――私たちが過去と思っていた歴史的時代が、じっさいは現在の政治を構造化しており、それが執拗に残っているという事実が、時間的順序を持った歴史という概念を暴くのだ、と。(p. 102)

(……)ここでの私の論点は、現在の私たちの歴史状況がまさに統治性によって特徴づけられており。このことがある程度までは主権の喪失を示唆するのだが、その喪失が統治性の場のなかで主権が再浮上することで埋め合わされている、ということにある。官僚的な軍事組織が自ら創始したわけでも、完全にコントロールしているわけでもない目的や権力の戦術によって動かされ、その只中にちっぽけな主権がはびこり君臨しているのだ。それでいてそうした組織は一方的な決定をなす権力を委託され、どんな法にも従わず、なんら政党的な権威ももっていない。よって再興された主権とは、法的正統性を帯びた統一権力としての主権ではない。つまり政治機構の代表制を保証する権力形態とは言えない。むしろそれは、無法で特権的な権力、比べるもののない「ならず者」権力なのだ。(p. 104)

アガンベンは、何が例外状態を構成し、何が構成しないのかを決めるのが主権であり、そのような主張がなされるとき法の規則が停止される、と言う。ある特定の事例に例外的な地位を認めることで、主権は法の停止状態の裏面として生成するのである。法が停止されると、主権が実践される。(p. 110)

カール・シュミットを引きながら、アガンベンは合法性の領域に対する主権の制御について、法的規則の例外として通用するものを作り出すことと述べる――「このことこそ、主権的な決定が「法権利を創り出すには法権利を必要としないということで自らを証明する」と書いてシュミットが定式化した逆説の最終的な意味である。主権の例外化において問題になっているのは実のところ、過剰を制御したり中和したりすると言うことであるより、まずは法的-政治的な秩序が価値をもつことのできる空間を創造し定義づけると言うことである」(ジョルジュ・アガンベン『ホモ・サケル』高桑和巳訳、以文社、2003年、p. 30)。(p.111)

私自身の考えはこうだ。現代の主権は権力の分立をなきものにしたいという攻撃的なノスタルジアに動かされており、先ほどから述べている撤退を契機として生産される。私たちは法の停止をひとつのパフォーマティヴな行為として考えるべきで、それが現時点での主権を生み出す。より正確には統治性の場において亡霊のような主権を再生させる。国家は撤退を行うことで、法とは言えない方、法廷とは言えない法廷、法的手続きとは言えない法的手続きを生産する。非常事態によって、一群の法律(ロー)(司法)から一群の規則(政権)へと権力の活動を転換し、そうした規則が主権を再構築するが、これら規則は、既存の法や法的正統性によって縛られておらず、完全に任意で、恣意的でさえあり、それを一方的に解釈し、その適用条件と適用形態を決める役人たちによって施行される。(p. 112)

このような法律以前の状態を国家が「無期限」と定めているかぎりにおいて、国家は法の適用されない人びとを政府が収監しており、それは現在だけでなく未来も際限なく続くだろう、というのだ。言いかえれば、法の保護が無期限に延期される人びとがいるだろう、ということになる。国家は自己を守る権利の名の下に、ということはつまり、主権のレトリックによって、法を超えた権力を行使し、国際的な協定さえ無視する。なぜならもし拘留が無期限なら、国家の主権による無法な実践もまた無期限ということになるからだ。 (p. 115)

アガンベンは、非常事態が喚起されると、特定の主体がいかに主体としての存在論的地位を宙吊りにされるかを考察している。彼の議論によれば、市民としての権利を奪われた主体が法の停止された領域に入ると、法によって成り立つ共同体のなかで政治的動物が生きているという意味において、もはや生きていると言えなくなるばかりか、死んでいる状態、すなわち法の規則を構成する条件の外にいるとも言えない存在となる。このような宙吊りにされた生と、宙吊りにされた死という社会状況こそは、アガンベンが差し出す「剥き出しの生」と「政治的存在の生(bios politikon)」とのあいだの区別の好例であって、この第二の意味の「存在」は政治的共同体の文脈でのみ可能なのだ。(p. 119)

国防総省は、縛られ跪かされている囚人たちの写真を公表しているが、彼らは両手に手錠をかけられ、口は手術着のマスクで覆われ、両目は暗いゴーグルで見えなくされている。鎮静剤を投与されているとの報告があり、強制的に頭の毛を剃られ、彼らが収監されているキャンプ・Xレイの監獄は、縦横八フィート、高さ7・五フィートで、報道で小さすぎると批判されたものよりはやや大きいが、二〇〇二年四月のアムネスティ・インターナショナルの報告によれば、国際法で定められているよりかなり小さいという。「屋根」と呼ばれる金属の板が風と雨を防ぐ何らかの建造物としての機能を果たしているかには疑問がある。(p. 128)

なぜこれらの囚人が強制的に縛られ裁判もなく収監されているのか、と問われたラムズフェルト長官は、縛っておかなければまた殺すだろうからと説明した。彼の示唆によれば、束縛だけが彼らの殺人を防ぐのであり、人を殺すことがまさに彼らの属性なのだということになる。奴らは当たりまえに殺しを行う、というわけだ。(p. 128)

私たちはこの人間の非人間化の証拠を、国防総省が発表したグアンタナモで手錠をかけられた身体の写真に見ることができる。国防総省はこれらの写真を隠すことなく、広く公表した。私の推測では、彼らがこうした写真を公表したのは、何らかの征服が果たされたことを知らしめるため、国家の屈辱を反転し、名誉回復が成功したことを示すためだと思う。これらの写真は人権団体や良心的なメディアが新聞、テレビに漏らしたものではなかったので、国内外の反応は予想通りさまざまで、英国の国会議員やヨーロッパの人権活動家をふくめて多くの人びとが、道徳的勝利ではなく深刻な道徳的頽廃をそこに見た。名誉回復の代わりに、多くの人がそこに復讐、残忍さ、そして国際的強力への国家主義的で自己満足的な軽視を見出したのだ。結果として、いくつかの国家が自らの市民を自国で裁判を受けさせるために返還を要求した。(p. 133)

(……)さまざまな暴力が「テロリズム」と呼ばれているのは、暴力の種類をたがいに区別できているからではなくて、国際的に承認された国家が非合法と見なした団体によって起こされたり、その名の下に犯される暴力をそう呼んでいるにすぎない。その結果、パレスチナ人のインティファーダをアリエル・シャロンは「テロリズム」として一蹴するが、シャロン自身が主導して家屋や生命を破壊している国家暴力の凄まじさはそこで考慮されていない。「テロリズム」という語の使用はこうして国家に基盤をおかない政治団体が行使する暴力行為を非合法化する機能を果たしており、それはまた同時に既存の国家による暴力的な対応にお墨付きを与えているのだ。(p. 148)

私たちが怒りに駆られたり理解できないことに直面したときに見知らぬ他者が私たちの考える人間的共同体の外に出てしまったと私たちが考えるまさにそのとき人権という普遍的な概念を努力して適用しつづけることができるか否かによって私たちの人間性そのものが試されるのだ。よって私たちが人間の単一の定義や単一の合理性のモデルだけを人間の定義として採用して、その既定の人間理解からあらゆる文化形態を説明しようとするのは間違いである。(p. 150)

誰が人間的取扱いを受けるべきかという問いは、誰が人間として数えられて誰が数えられていないかという問いを私たちがまず解決していることを前提とする。そして、ここに西洋文明とイスラームにかんする論争が単なるアカデミックな論争にとどまらない状況が生まれる。バーナード・ルイスとかサミュエル・ハンチントンといった輩たちがイスラームの価値観を西洋「文明」の価値観と対照させて、「東洋」なるものの一枚岩的な説明をいまだに量産しているが、そうした誤ったオリエンタリズムの探求がここで問題とならざるをえないのだ。この意味で「文明」という用語は、人間概念の拡張に反するもので、権利の普遍性を真摯に考えようとする国際主義にはふさわしくないものだと言えよう。(p. 152)

 (……)フーコーによれば、統治性は法を戦術と見なし、その働きはその目的によって「正当化」されなんらかの先立つ原則や合法的機能によってではない。そのような機能はそこにあるとしても、それが最終的に統治性の場を活性化しているわけではない。このように理解すると、統治性の活動は多くの場合、超法規的ではあっても、非合法ではないということになる。法が統治性の戦術となるということは、法が合理的な根拠として機能することをやめるということだ。法に還元することができないものとして権力を理解すること、統治性が具体化するのはこのことである。かくして統治性は再興した主権がその時代錯誤的な頭をもたげる場と化す。なぜなら主権も法には基づいていないからだ。(p. 156)

主権の目的は、自己を実践するために自らの力を使い強化しつづけることにある。しかし現状ではその目的を達成するのに、法の外部で人口を管理するしかない。つまり統治の戦術がこの主権を興隆させるのだが、主権は人口管理という統治性の場でまさに活動するほかないのだ。そして祭儀に重要なことは、人口を「管理する」一つの方法が人びとを権利のない、人間として認識不可能な人間以下の存在として作り上げることだということを理解することのように思われる。 (p. 161)

私が恐れているのは、連邦裁判所で抗告権も認められないようなグアンタナモにおける囚人たちの無期限拘留が、他のグローバルな場所におけるいわゆるテロリストたちに対して、国際的な権利も国際的な裁判もいっさい認めないような処遇と管理のモデルとなってしまうことだ。もしこのような無法で非合法的な権力の伸張が起きてしまえば、私たちが直面するのは暴力的で自己拡張的な国家の主権の再興であって、そこでは人間の取扱いを支配すべき規準に従って人びとの処遇が決定されるような、人として承認される権利を支持し、根本から再編するようなグローバルな協力活動が犠牲とされてしまうだろう。どうやら私たちはまだ人間になりきれていないのではないだろうか。(p. 164)

第四章 反セム主義という嫌疑――ユダヤ人、イスラエル、公共的批判のリスク

ハーバード大学学長ローレンス・サマーズが、この時期にイスラエルを批判し、大学はイスラエルと手を切るべきだと訴えることは「意図はともかく効果において反セム主義的な行動」だと述べたとき、彼は意図的な反セム主義と効果として反セム主義的であることの区別を導入したわけだが、そうした判別はひいき目に見ても問題があるどころの騒ぎではない。 (p. 165)

もちろんサマーズが反セム主義の興隆に憂慮を表明すること自体は間違っておらず、あらゆる進歩的なユダヤ人があらゆる進歩的な人間とともに、どこであろうと反セム主義に対しては活発に問題提起すべきであるし、とくにそれが部分的であれ全体的であれイスラエルによるパレスチナ人の領土の占領に反対して行われる運動のなかで起きる場合はなおさらそのことが言える。しかしどうやら私たちはいま歴史的に、ユダヤ人がつねにそして唯一の犠牲者であるとは想定できない時代に生きているようだ。ときに私たちは犠牲者であり、ときにそうではない、これは当たり前のことである。ユダヤ人だけが犠牲者の位置を独占している、そんな想定からどんな政治倫理も始まりようがない。(p. 167)

(……) 彼(サマーズ)は、私たちが好むと好まざるとにかかわらず、イスラエル批判が反セム主義としてしか聞かれない世界に住んでいるという事実を述べているように見える。しかし彼はそのような聞く行為を行っているものとしても語っているのだから、自分が記述する聞く行為そのもののモデルとなっているのだ。この意味で、サマーズが生産しているのはひとつの処方箋である――彼はそうした言辞がどのような効果を持つかを知っており、その効果について私たちに語っている。それは反セム主義として受け取られる。彼もまたそれを反セム主義として受け取る。このようなレトリックによってサマーズは他の人もこうした言辞を同じように受け取るようにと勧めているのである。(p. 175)

(……)私が考えるところサマーズの見解は、ユダヤ人とイスラエル国家との完全で継ぎ目のない一致を前提としており、それは彼がその両者を持ち出す際の「同一化」だけではなくて、ユダヤ人自身が主体的に選択するだろうとサマーズが想定している「同一化」でもある。彼の意見はさらにもうひとつの主張をも含んでおり、それはつまり、あらゆるイスラエル批判はイスラエルの存在権に挑戦するという意味で「反イスラエル」的であるということだ。 (p. 179)

すべてのユダヤ人がイスラエル国家に心の底から帰依しているなどというのはまったくの誤りだ。コーンビーフサンドに身も心も帰依する人もいれば、タルムードの講話を心から信奉する人、自分の祖母やボルシチの味やイディッシュ演劇の響きに心酔する人だっているだろう。(……) アメリカ系ユダヤ人の同一化の源としたところで、食べ物、宗教儀礼、社会的奉仕機関、ディアスポラ共同体、市民権や社会正義を求める運動など、イスラエル国家の問題とかなり離れたものも多く存在するのだ。(p. 182)

イスラエルを批判することは結果的に反セム主義に加担することだという主張に含有されているユダヤ人性とイスラエルとの同一化は、イスラエル国内の、規模は小さいが活気にあふれた平和運動の現実を消去するものであることを覚えておくのは大事なことだ。(……) イスラエルの方針に反対するユダヤ人、あるいはイスラエル国民、もしくはイスラエル国家の構造と自己を正当化する行いとに疑問を呈するイスラエル人たちは、自らを憎むユダヤ人だとか、そうした批判が反セム主義をたきつける仕方が分かっていないものたちなのだ、とでも言うのだろうか? (p. 186)

(……)私は、ユダヤ人性をイスラエル国民の利害に還元してしまう反セム主義的姿勢にも反対だ。「ユダヤ人」とはイスラエルによって定義されるのでもなければ、反セム主義的な非難によって定義されるのでもない。「ユダヤ人」とはどちらの規定をも超えた存在であり、実質的にこのようなディアスポラ的過剰として、歴史的文化的に変化する単一の形式も単一の目的(テロス)も持たないアイデンティティのなかに見出しうるのだ。イスラエルとユダヤ人とのあいだの区別がいったんなされれば、シオニズムと反セム主義両方についての知的議論が始められる。 (p. 200)

(……)イスラエルの暴力に反対する主張の正当性を是認することを拒むことによって、イスラエルを批判から免れさせる効果をももたらす。「反セム主義」というラベルで人を脅すのは、アメリカ合州国内部で現在のアメリカの戦争に反対することが「裏切り者」とか「テロリスト同調者」とか、さらには「背信的」というラベルをつけられるのと同じことだ。(p. 202)

第五章 生のあやうさ

私がここで考えたいのはエマニュエル・レヴィナスが導入する「顔」という概念で、そこから他者がどのように道徳的要求を私たちになし、道徳的要求を私たちに呼びかけ、私たちが頼んだわけでもないのにそれを拒否する自由がないのはなぜなのかを考えてみたい。(p. 209)

「平和と近さ」の少し前の部分でレヴィナスは、ヨーロッパの使命について考察し、「汝殺すなかれ」という召命がまさにヨーロッパ文化の精髄として人が受け取るべきものなのではないかと考えている。レヴィナスの言うヨーロッパがどこで始まりどこで終わるのか、そこに地理的境界はあるのか、あるいはこの召命が語られたり伝えられたりするたびに作り出されるものなのか、そのあたりは明らかでない。これはすでに、その意味がヘブライ人の神のことばによって構成されるとされた奇異なヨーロッパであって、その文明的な地位がいわば聖書の神による命令の伝達に依存しているといった代物だ。 (p. 216)

(……) 忘れてはならないのは、顔が、他者の顔が、つまり他者によってなされる倫理的要求が、いまだ言語ではなく、もはや言語ではないような苦痛の音声化であり、私たちが他者の生の脆さに目覚めるさいの何かであり、同時に殺す誘惑とその禁止であることをも、レヴィナスが私たちに語っていたということだ。(p. 221)

言説の状況は、何が言われているのか、あるいは何が言うことができるのかといった言語的内容と同じではない。レヴィナスにとって、言説の状況は言語が私たちの望んでもいない呼びかけとしてやってくるという事実によってできており、そのような呼びかけによって私たちはまさに原初的な意味でとらえられ、レヴィナスの言い方では捕囚とさえされるのである。よって呼びかけられることのなかにはすでになんらかの暴力が存在する。名前を与えられる、一組の規則に従わされる、過酷な他者性に応答することを強いられる、といった具合に。(p. 221)

(……)レヴィナスの考えでは政治の領域にはつねに二つ以上の主体が動いている。じっさい、私は自分の生を維持したいという自己の欲望を暴力の正当化の理由として持ち出さないという決断をすることができるけれども、もし暴力が誰か自分の愛する人に対して行使されたらどうするか? もしも他の他者に暴力をふるう他者がいたとしたなら? どちらの他者に私たちは倫理的に応答すればいいのだろう? どちらの他者を私は自分より優先するのか? あるいはどちらの他者の味方をするのか?  デリダはあらゆる他者に応答しようとするのは過激な無責任状況を招くだけだと主張する。さらにスピノザ主義者もニーチェの信奉者も実利主義者もフロイト主義者もみなこう聞く。「たとえ私が自分のために自己保存の権利を主張できないとしても、他者の生を維持するという命令に従うなんてことができるのか?」と。(p. 222)

私たちはどうやらある両面価値性(アンビヴァレンス)にこだわっているらしい。ふしぎな仕方でこれらすべての顔は昨年来からの出来事に人間的な様相を与えている。人間の顔を与えられたアフガン女性。テロリズムに与えられた顔。悪に与えられた顔。しかし顔とはそれぞれがあらゆる事例において人間化する作用を行うのだろうか? そしてもし顔が人間化を行う事例があるとして、そこではどんな形式においてこの人間化が起きるのか? さらにまた非人間化のほうも顔において、顔を通じて遂行されるのだろうか? (p. 227)

レヴィナスにとって、人間的なものは顔によって表象されない。むしろ人間的なものは、表象を不可能にしてしまう断絶そのもののなかで間接的に確認されるのであって、この断絶こそが不可能な表象のなかで伝えられる。つまり表象が人間的なものを伝達するには、表象が失敗するだけでなく、表象がその失敗を見せることが必要なのだ。表象できないものがある、それにもかかわらず私たちはそれを表象しようとする。このパラドックスが私たちによって与えられる表彰のなかに保持されなくてはならないのである。 (p. 229)

イラク戦争の最初期においてアメリカ合州国政府はその軍事的侵攻を、敵を圧倒する視覚的現象として宣伝した。アメリカ合州国政府と軍部がこれを「衝撃と畏怖」作戦と呼んだことは、彼らが感覚を麻痺させる視覚的スペクタクルとして自分たちの攻撃を演出し、ちょうど崇高なものがそうであるかのごとく、考えるという能力そのものを脇に押しやろうとしたことを物語っている。こうしたスペクタクルの産出は地上のイラクの人びとに対してなされ、そうした人びとの感覚をスペクタクルによって参らせようとしたばかりでなく。CNNとかフォックスのようなテレビ局に依存して戦争を消費し、戦争にかんする「いちばん信頼に値する」ニュースソースと自賛する定期的なテレビの戦争報道に釘付けとなった者たちに対してもなされた (p.235)

ヴェトナム戦争でアメリカ合州国の公衆は、ナパーム弾によって焼かれ殺される子どもたちの写真を見て衝撃を受け、怒りと悔恨と悲しみの感覚に目覚めた。そうした写真こそは私たちが見てはならないとされていた写真だったわけだし、それらが視覚の場をかき乱し、そうした場のうえに築かれていた公のアイデンティティ感覚を根本から揺さぶったのだ。イメージはある現実を提示するが、それは同時にまた表象そのもののヘゲモニーを脅かす現実を見せる。その生々しい効果にもかかわらずイメージはどこか他の場所を指し示す。それ自身を超えたどこか、それが見せることのできない生の脆さを。私たち自らが破壊したそのような生の脆さに気づくこと、そこからしか多くのアメリカ合州国市民がこの戦争に反対するための重要で欠かせない合意は生まれてこない。 (p. 237)

(2011/7/25)