ブリコラージュ@川内川前叢茅辺 <山 3>

銀竜草、山蛭、日本蜜蜂(三方倉山)

  標高は1000m前後、行程はは5~6時間、というあたりが、今の私にはベストフィットの山歩きのように思う。

  谷かげに苔むせりける仆れ木を息づき踰ゆる我老いにけり
                           島木赤彦 [1]

ということである。 

   三方倉山(971m)は、仙台の奥座敷と呼ばれる秋保温泉のさらに奥、二口地区にある。印象としていえば、大東岳(1366m)の南東の麓の山という感じである。実際には山形神室岳、(仙台)神室岳に連なる東端の山で、大東岳とは名取川本流、大行沢で隔てられている。登山口が大東岳登山口のすぐ近くにあるというだけである。
  若いときには大東岳に登るものの、三方倉山の名前も知らなかった。すぐそばの大行沢にイワナ釣りにも通いつめた。仕事が忙しくなって、休日に体力を消耗することを恐れて山登りを控えていた時代にも、大行沢沿いの大東岳登山道周辺の山菜採りや茸取りには通ったが、やはり三方倉山には目が向かなかった。連続して山に登ってみて、体力の程度をしっかり確認しないと大東岳には気楽に登れない年齢になって、やっと三方倉山が視界に入ってきたのである。

  2009年6月8日の山歩きである。晴天ではないが、雨は降らないという天気予報を信じて家を出た。

  二口街道を、大東岳登山口である本小屋を過ぎて少し行くと、道は名取川の支流、大行沢を渡り、二口キャンプ場前の駐車場に着く(5:51)。駐車場は名取川本流(といっても源流域で、沢である)の傍にあって、登山道はコンクリート橋を渡った対岸から始まる。
  名取川の左岸には車道が、右岸には遊歩道(「二口遊歩道」)が整備されている。三方倉山の周回コースは、この遊歩道の一部が組み込まれる。

Photo A

登山道に入ると、ギンリョウソウが次々に現れる。
(2009/6/8 6:23)

  遊歩道からすぐに分かれ、標識にしたがって「三方倉山 ブナ平コース」に入る。倒木に群生するニガクリタケを踏み越えて進む。この茸は春にも秋にも発生するようだ。
  次第に太く高い林になってくる。ガスがかかり、暗い林の地面に真っ白なギンリョウソウが浮かびあがる。しかもあちこちに生えている。歩を進めると、次々にギンリョウソウが現れてくるのである。ギンリョウソウはめずらしい花ではない。5,6本が簇生することはあるが群生するのを見たことはない。ぽつぽつと、しかしこんなにたくさん生えているのは初めて見た。
  葉緑素を持たない植物とその花というのは、やはり少し異和がある。木の栄養を茸の菌が取り込み、その菌にギンリョウソウが寄生して木の栄養をもらう。木の栄養を、茸の菌を媒介にしてギンリョウソウが利用するという高度なシステム、葉緑素を必要としないシステムが成立しているのである。



Photo B 上:リードをはずして霧の林でイオの記念写真。下:撮影後、張り切って
登ろうと して、
「リードなしではだめ」と呼び止められたところ。 (2009/6/8 6:30)

      万緑や霧の峠の山毛欅雫       秋本不死男 [2]

Photo C

サラサドウダン
(更紗灯台)。


Photo D

上:ヤマツツジ
  (山躑躅)

下:シロヤシオ
  (白八汐)
  の落花。

  道はガスのなかである。ガスが濃くなって体が濡れるようなことにならなければ、「霧に包まれた林」というのはそれなりの風情をかもし出す。霧の林の中で思慮深げに遠くを見る犬は、それなりに賢そうにさえ見えるのである(基本的にはわがままで、家では「アホイオ」となにかのかけ声のように呼ばれている犬なのだが)。

  登山道の脇には、サラサドウダンやヤマツツジが適当の頻度で出現する。よく案配された山だ、などという感想が湧き出たりする。ガスで視界が狭められているときには、道端の花々はほんとうに救いである。

   途中、手袋をしていないことに気づいた。
最近の山歩きでは、真っ赤な園芸用手袋を愛用している。手にぴったりとフィットし、何をつかんでも滑らない。それにアイコ(ミヤマイラクサ)を摘んでも、手に棘が刺さらないのである。
  ザックから手袋を取り出してはめようとすると、手に黒いものが二つ付いている。ヤマヒル(ヤマビル、山蛭)である。慌てて1匹をすぐに引き剥がして投げ捨てたが、これが初めてのヤマヒル体験であることに気づいて、記念写真を撮ることにしたのが Photo E である。最初に捨てた1匹はとても細かったが、これはだいぶ血を吸ったらしくおなかが膨らんでいる。しばらくのあいだ、私の手にゆられて山道を登ってきたにちがいない。
  ヤマヒルが分布を広げているという話を聞いたことはあったが、経験的には宮城県にはいないものとずっと思っていた。この初めての経験は、ちょっと驚き、ちょっと嬉しいような変な感じである。
  ヤマヒルは初めてだが、ヌマビルと言うのだろうか、子供のころ水中に住むヒルにはよく食いつかれた。夏、私と仲間たちは、水があれば飛び込み、「アゼサグリ(畦探り)」といって手づかみで魚を捕まえるのがふつうの遊びであった。そしてだれかの足や尻にヒルが食いつくこともふつうであった。誰も怖がったりはしない。年寄りは、病気によっては蛭に血を吸わせると直るのだ、ということを言ってもいた。

  ヒルは何でもないとはいうものの、引き剥がした後は血がなかなか止まらないのである。このヤマヒルも同じだった。だいぶ長い間、右手の指で左手の吸い口をぎゅっと押さえつけながら歩く破目となった。

Photo E

左手に食いついたヤマヒル。吸い口から体が半回転ひねられている。
(2009/6/8 7:37)


  寄生虫といえば、山にはヤマダニがいる。人間には寄生しないが、犬にはよく付くので、イオのための対策は慎重に行っている。ところが、人間には付かないヤマダニに、一度、取りつかれたことがある。近くの大行沢でイワナ釣りをした4日後に、血で肥え肥えと太ったダニが目の下に付いているのを発見したのだ。ずっと気がつかなかったのは、ちょうど眼鏡の下の縁に重なっていたためである。鏡を見る私も、私の顔を直接見ていたであろう家族も気がつかなかったのでだ。
  人に付かないはずのダニが寄生したたった一度の経験である。犬なみだったのである。

Photo F

 三方倉山頂上。
(2009/6/8 7:57)

  

   ほんのわずかな出血なのだが、血が止まらないというのは気になるもので、抑え方を変えてみたりしながら歩いていくと、下山に利用する予定の「シロヤシオコース」の分岐標の前に出た。そこからもう2,3分で頂上である。
   頂上から西へ少し進むと、蔵王がよく見える場所があるということだが、まったくの曇り空なので、頂上で朝食をとってそのまま下ることにした。

   定年退職後は、毎日にように遊び回ろうと思っていた。そのためには、弁当を自分で作って出かけるのが、妻とのフリクションを軽減する方法だと考えて、ずっとそうしている。
  その手製の「私の」弁当を連れと分け合いながら食べる。もちろんイオの弁当も用意してきたのだが、ドッグフード製の弁当はどちらかと言えば遠慮したいらしいのである。

  20分ほどで朝食を終え、下りはじめた。「シロヤシロコース」に入ると、 登山道に白い花が点々と落ちている。文字どおり、シロヤシオの花だ(Photo D 下)。てっきり頭上にはシロヤシオが満開になっているのだと思って見上げると、何にもなくてがっかりする。花が少ない木の、その花が落ちてしまったのだろう。その後はシロヤシオを探しながら歩いたのだが、それっきりであった。

Photo G

杉林を抜けると、明るい雑木林。まだ花は少ない。
(2009/6/8 8:40)

  頂上から20分ほどのところに、すばらしいオブジェがあった(Photo G)。枯れ木と石が絶妙に組み合わされている。どうすれば、こういう形状が完成するのか、しばし、考えさせられた。人工的な感じがしないでもないが、この石と木の組み込み方を人手でおこなうのは無理だろう。

   おそらく、こういうことではないか。
   石の多い地面に芽を出した(おそらく針葉樹の)木は、その根にいくつかの大石を抱え込んで生長した。そのような木はよく見かける。その木が立ち枯れとなる。幹は朽ちつつ、折れたのではないかと思う。さらに根の先端も朽ち、石を抱えた根元部分が残った。
しかし、これだけではこのオブジェは完成しない。根の支えを失っていたため、大雨か地震か分からないが、なんらかの形で斜面を転がったにちがいない。こうして、下に抱えていた石が、上方に抱え上げられているような形が完成した
のだ、と思う。
  制作期間30~50年(もっとか?)のオブジェというわけである。
   


Photo H 緑の海に沈みこんでいくような下り道。 (2009/6/8 8:54)



Photo I 自然木の洞の蜜蜂の巣の出入り口。 (2009/6/8 8:56)

  ガスと万緑が溶け合い、まるで湖かなにかの底へ潜って行くようにジグザグの道を下るのである。(Photo H)。下草の丈が高く、犬の視線を遮っているので、イオは緊張しつつ立ち止まり、じっと底の方の様子を窺っしている。

  Photo H の場所からすぐ下で、生きた大木の幹にあいている穴で、蜂が出入りしているのを見つけた。日本蜜蜂(西洋蜜蜂との区別を私はできないが、状況的にたぶん)である。この大木の中心に洞があるのであろう。自然木で作った養蜂箱で日本蜜蜂を育てている養蜂家のことはなにかのテレビ番組で見たことはあるが、自然そのもののなかで自然木に蜜蜂が巣を営んでいるのを見るのは初めてである。
  出入りする蜂の数はそんなに多くはない。天候のせいかもしれない。草や花はまだ湿っぽくて蜜の採取に適していないのではないかと、想像したりしながらしばらく眺めていた。
  こんなふうに蜂の巣をじっと見ている自分、ということに気づいたとき、8才か9才のとき、雑木林の縁の地面に作られた巣に出入りするスズメバチを小1時間ほど眺めていて、遊び仲間にからかわれたことを思い出した。ここでは、イオが鼻を鳴らして促すので、その場を離れたのである。

  蜜蜂の巣から15分ほどで杉の植林地に出る。。そこから二口遊歩道まではあっという間である。道端のトリアシショウマの花や、地味なフタリシズカの花を眺めながら、手すりなどの整備された谷沿いの遊歩道を歩いて、山歩きは終わりである。

   駐車場を5時50分に出て、9時40分に帰り着いた。

  この山の印象は、「ギンリョウソウ」と「ヤマヒル」と「ニホンミツバチ」につきる。初めての大量のギンリョウソウ、初めてのヤマヒルの実体験、初めてのニホンミツバチの営巣。こんな年になっても、まだまだ「初めてのこと」がたくさんあるということなのである。


Photo J トリアシショウマ(鳥足升麻)。

Photo K フタリシズカ(二人静)。

(2011/10/18)
  1. 島木赤彦「赤彦歌集」斎藤茂吉・久保田不二子撰(岩波文庫 2003年、ebookjapan電子書籍版) p. 233。
  2. 「季語別 秋本不死男全句集」鷹羽狩行編(角川書店 平成13年) p. 102。