ブリコラージュ@川内川前叢茅辺 <食 3>

作りおきパスタソース

  数年後には定年退職というころ、仕事を終え、帰宅し、ひっくり返ってテレビを見ようと思っても、面白くない番組ばかりということが普通であった。自分はテレビ好きである、とずっと思っていた私は困惑してしまうのである。
  芸をしなくなった芸人たちと、選抜基準の不明なテレビタレントと、グラビアアイドルと呼ばれる女性たちがワンセットになって、大騒ぎしながら、走ったり、歩いたり、食べたり、そして誰かを罵りつつ笑いを取ろうとしたり、無知蒙昧を競うクイズゲームだったり、そんなパターンばっかりなのである。
  人気アイドルタレントの起用が先立つようなテレビドラマには、ずいぶんと前から期待感がなくなっている。それでも、テレビアニメには見るべきもの、見たいと明確に思うものがいくつかあって、日本の才能はこのサブカルチャーの領域にすべて集まってしまったのではないかと、真剣に考えてしまうほどである。
  しかしそのアニメもまた、休日になると極端に幼児化してしまい、さすがに私の守備範囲を大きく超えてしまうのだ。私がテレビを見ることができる時間と、見たい番組の放映時間との大きな食い違いに悩まされてもいたである [1]

  そんなときには、たいてい料理番組を見る。いろんなテレビ局でも料理番組を放送しているが、「フーディーズTV」という料理専門チャンネルがあって、ほどんとどんな時間帯でも料理番組を見ることができた。
   まだ仕事がそこそこ忙しく、家では、酒を飲んだり、花をいじったり、何もせずぼんやりしていたりと、もっぱらストレスの緩和に寄与できるよううなことばかり、というような時期だったので、料理番組を見ている時間というのは意外に貴重だったのである。

  料理番組というのは、興奮したり、感動したりということはまったくないが、見ていて飽きるということがない。質の悪いドラマのような劣悪な想像力によるフィクションというものがない。時によっては科学的で、実質的である。有用性が高いと言うべきか。その頃、とくに料理を作ってみようと考えていたわけでもないのに、そんなふうに思いながらみていたのである。

  退職後、少しずつ食事の準備をするようになって、その時のテレビ番組の記憶が役に立つようになった。思い出したものをネットでレシピを探し、利用するようになったのである。
  よく作るパスタ料理では、いろいろな人のレシピを参考にしたが、とくに「片岡護のデイリー・キッチン」という番組とそのレシピへの依存度はずいぶん高くなった。作りおきにしておいて、かなりの頻度で利用する3種のパスタソースは、すべて「片岡護のデイリー・キッチン」でのレシピに基づいているのである。

  3種類のパスタソース、(1)トマトソース [2]、(2)ジェノベーゼ(バジル)ソース [3]、(3)きのこソース [4] を作りおきにしておくと、気軽にパスタ料理ができるので、退職後に暇つぶし程度の料理を始めた私は、たいへん重宝している。
  ただ、年寄りだけの我が家では、年寄り向けにレシピに幾分変更を加えたものもある。

〔トマトソース〕
 
  テレビと言えば、アニメ以外にも録画して見ている旅番組がある。NHKの「世界ふれあい街歩き」とBS日テレの「小さな村の物語 イタリア」である。どちらも有名タレント(と称する人たち)が嬌声をあげながら高級ホテルやレストランを渡り歩くのが旅だとでも言いたいような旅番組とは違って、旅の情緒、味わいというものが溢れている。
  「小さな村の物語 イタリア」は、文字どおり、毎回一つの小さなイタリアの村を取り上げ、その村に住む数人の村人を中心にした生活を、やさしく静かに丁寧に撮していて、俳優・三上博史の落ち着いたナレーションと相俟って、良い番組だと思う。

  イタリアの村人は、当然のことながら、日々の食事としてパスタを食べる。いろんなパスタが食べられるのを見るが、やはり基本はトマトソースのようなのである。
  私にとっても、まずはトマトソースである。決して「ナポリタン」というパスタのことではない。一度、あるイタリアンレストランで「昔懐かしの」ナポリタンスパゲティというのを注文して、一口食べて、「しまった!」と思ったことがある。

  さすがにトマトソースについてのレシピはいくつも見つかり、料理番組でもたまに見ることができる。「簡単に作れるトマトソース」という触れ込みのレシピが多い中で、片岡護さんの作り方は、時間がかかって面倒な方であろう。面倒でも、作りおきにすることを考えると、丁寧にきちんと作る方がよいと考えた。何よりも、その作り方が一番おいしいトマトソースになるのではないかと、味覚の想像力に一番訴えかけてきたのである。

  もちろん、まずはレシピ [2] 通りに作る。満足である。トマトソース(とバジリコ)だけでもおいしいし、「ナスとモッツァレラ」などという組み合わせだったらたまらない。  
  しばらくはレシピ通りで満足していたのだが、微妙なことに気づき始めた。どうも高齢家族には、少し味が濃いようなのである。青年、壮年にベストの味が私たちにもそうであるとはかぎらないということらしい。

  レシピは、トマトホール:800g、玉ねぎ:2/3個、ニンニク:2片、オリーブオイル:大さじ4、バジリコの葉:3~4枚、塩:さじ1、黒コショウ:少々、となっている。
  初めにしたことは、トマトホールの種を丁寧にとって、酸味を減らそうとしたことである。これは、酸味の減り方は微妙で、手間に比べれば効果は少なかった。
  2番目の試みは、タマネギの量を2倍に増やしたことである。これが一番効果があって、味がまろやかになった。相対的にトマトの量が減ったということもあるだろうが、弱火で丁寧に炒めたタマネギがやさしい味のベースになっている。

  さらに、ニンジン半本ほどを刻んで加えた。これは、パスタとしては食べる回数が多くなると期待されるソースの栄養価を高めたいということと、ニンジンもまた当然のようにまろやかな味に寄与するだろうと考えたからである。ただ、あまりぼんやりした味になっても困ると思って、バジリコ [5] を倍くらいに増量した。

  これで、我が家の構成員全員が満足して食べられるようになった。年に2回ほどやってくる娘もけっこう感動してくれたので、まぁまぁというところだろう。このトマトソースに生クリーム、それがなければ牛乳を少し加えると、もっと柔らかい味になって、とくに107才の義母は大喜びである。これも、片岡護さんがショートパスタ(たぶん、ジャガイモのニョッキだったと思う)のトマトソースに生クリームを加えていたのを見て、真似たのである。

  問題は、もともとのレシピに少しずつ変容を加えてしてしまって、これを「トマトソース」と呼んでよいのか、ということである。もちろん、これをトマトソースと私が呼んでいたところで、誰かに責められるなんてことはありうるはずもない。だが、そろそろ、片岡護さんのレシピに完璧に従った(腕は別として)トマトソースを作ってみて、原点確認をしてみなければならないだろう。

〔ジェノベーゼソース〕

  バジルは、虫も付かず、病気にも強い植物である。日本の近縁種であるシソ(紫蘇)と比べれば、私にとってははるかに栽培しやすい。プランターに植えておけば、仙台では晩春から晩秋まで使える。園芸では「バジル」だが、イタリア語では「バジリコ」なので、パスタの食材ではバジリコと呼ぶらしい。

  ジェノベーゼソースは、バジリコさえあれば簡単にできる。レシピ [3] による食材は、バジリコの葉:50g、クルミ(ロースト):30g、松の実(ロースト):70g、パルメザンチーズ:30g、ニンニク(みじん切り):大さじ1、オリーブ油:200cc、塩・こしょう:各少々、となっている。これをミキサーにかければおしまいである。注意点は、バジリコの葉を水で濡らさないこと、長く保存できないとのことである。クルミは散歩の途中で拾ってくる。滅多に生えていないが、「姫グルミ」の方が実を取り出す処理が楽である。

  これは、レシピ通りでは初めからちょっとした問題があった。私たちにとっては、生ニンニクの味(辛み)がきついのである。そこで、EXVオリーブオイルの半量を使って、ゆっくりと弱火で炒めたニンニクを生ニンニクの代わりに使うことにした。ひと手間増えてしまったが、これで問題なくおいしい(私たちにとって)ジェノベーゼソースとなった。

  このレシピでは、ジャガイモとインゲンを使ったリングイネのパスタ料理が紹介されていて、レシピ通りに作ってみて、ジェノベーゼソースとジャガイモの相性が抜群によいということを教えられた。
   ジャガイモは幼い時からの好物の一つで、その後、ジャガイモだけをジェノベーゼソースで食べるという楽しみ方もしている。

〔きのこソース〕
 
  片岡護さんの番組で「きのこのスパゲティ 秋トリュフ添え」を見て、少し興奮した。私は山歩きが好きで、秋には(時には春も)茸狩りをするし、キノコ料理も大好物である。しかし、キノコの入った(たいていマッシュルームか栽培シメジ)パスタは食べたことがあるものの、キノコのソースを使ったパスタというのは食べたことがなかったのである。

   レシピ [4] によれば、ソースの材料は次の通り。ブラウンマッシュルーム:20個、ニンニク:1片、赤唐辛子:1本、ニンニク(みじん切り):1/2片分、オリーブオイル:大さじ3、白ワイン:80cc、パセリ(みじん切り):大さじ2、塩:少々、黒コショウ:少々。 「ブラウンマッシュルーム、ニンニク、赤唐辛子を肉挽き器でミンチ状にする」という指示であるが、我が家には肉挽き器がないので、フードプロッセッサーを使った。これもレシピの教え通り。
  この「きのこソース」だけは、我が家の高齢メンバーでも問題なく大丈夫で、ずっとレシピ通りに作っている。

  レシピそのものは、「きのこのスパゲティ 秋トリュフ添え」である。ソースはレシピ通りだが、パスタはレシピ通りとはいかない。だが、トリュフなしでも、このパスタは十分においしいのである。
  私が行くような食材店では「トリュフ」は扱っていない。いつか食べられる日があれば、喜んで食べるだろうが、さしあたって、「トリュフ」を探して、高級食材店に行くつもりも、予定もない。
  私が作ろうと思っているのは、日々の食事の一つである。たとえば、「小さな村の物語 イタリア」で描かれるような、イタリアの村人が構えもせず日々普通に食べているようなパスタである。はやり言葉風にいえば、「サスティナブル」な日々の暮らしの食事、ということである。

  フォアグラやキャビアやトリュフとやらがなくても、私の人生は、そこそこだが、やっていけるのである、たぶん十分に。

(2011/11/22)
  1. 録画して見るほど価値のあるテレビ番組はない、と嘯いていた私も、最近はいくつかのアニメを定期録画して見るようになった。ハードディスクは妻が録画したテレビドラマと映画でいつも満杯なので困るのだが。「録画はできるが、どうやって消すのか分からない」と妻は主張して、録画しっぱなしなのである。ちなみに、妻はコミックとかアニメにはまったく関心を示さない。
  2. トマトソースのレシピ:「片岡護のデイリー・キッチン」(「フーディーズTVのHP) http://recipe.tabelatte.jp/recipe/2305.html
  3. ジェノベーゼソースのレシピ:「片岡護のデイリー・キッチン」(「フーディーズTVのHP) http://recipe.tabelatte.jp/recipe/2598.html
  4. きのこソースのレシピ:「片岡護のデイリー・キッチン」(「フーディーズTVのHP) http://recipe.tabelatte.jp/recipe/2325.html
  5. バジリコは、種から育てて2個のプランターに植えている。これで、ジェノベーゼソース用も含めて十分な量が確保される。ただし、園芸趣味でとくにこだわりがないのなら、丈夫な苗を買ってきて育てる方が、枯れる心配が少なく、しかも早い。