オリーブの会  
 

初めに

 

オリーブの会、それは、八木山教会のステンドグラスの絵から名付けました。洪水の終わりを知らせる鳩がくわえてきたオリーブの葉。東日本大震災の被災者を助けたいという思いから発足しました。

当初、ボランティア活動として始まった八木山教会のオリーブの会は、途中から福音宣教の意味合いも加わり、次に八木山教会だけではなく、亘理教会、元寺小路教会などの他教会との教会協働という組織間の壁を超えた形での活動に変化しています。

仙台教区が大震災からの復興のために設置した仙台教区サポートセンターも2021331日に活動を終了しました。また、他教会でも大震災後に発足したボランティアのためのグループで継続的な活動をしているところはわずかになってきました。しかし、オリーブの会は今も毎月1回の活動を継続しています。この理由は今からご紹介する神様からいただいた出会いの恵みにあります。

是非、オリーブの会を訪ねてください。今も続くこの出会いの恵みをあなたも体験してください。

 
 
(八木山教会ステンドグラス)
 
 

亘理町旧館仮設での出会いの恵み

 

震災直後の20114月からオリーブの会は活動を開始しました。

その頃、仙台教区の「新しい創造計画」の一つとして、国道4号線(東北道)沿い、および内陸部の諸教会が、国道6号線(福島県海岸沿い)、および45号線(岩手県海岸沿い)沿いにあって甚大な被害を受けた地域の諸教会との交流・支援を深め、被災地で被災した人々を支援するという方針が示されました。

その方針に沿ってボランティア活動を、阿武隈川河口右岸と入り江“鳥の海”内の荒浜漁港に挟まれた地域が壊滅状態となった亘理地区で推進することにしました。

しかし、亘理から私どもの八木山教会は30kmほど離れており、生活圏が異なるため、亘理での知り合いがいませんでした。このため、教会婦人会の亘理荒浜出身の2名の方が手掛かりを求め亘理を訪問したところ、旧館仮設住宅で小学校時代の友達と逢うことができました。これが、神様からいただいた出会いの恵みです。なお、旧館とは地名であり「キュウカン」と発音します。

これがご縁となり、20122月からオリーブの会は毎月2回の旧館仮設住宅の訪問を行い、最初に生け花とお茶の会を開催できました。集まったご婦人たちは、活発で明るい性格のため、お友達になるには時間がかかりませんでした。また、この旧館仮設住宅は荒浜地区出身の方が多く、小さい頃から町内会としての結びつきが強く、震災後も隣人として助け合ってきました。このことが私たちのボランティア活動をやりやすくしたという背景もあります。

 

(旧館仮設住宅)
 
 

ボランティアから徐々に福音宣教の領域へ

 

ボランティア活動は通常、多くの仮設住宅を巡回して炊き出し、お茶飲み会、音楽落語など芸能の提供などを行いますが、オリーブの会は亘理地区の旧館仮設住宅1箇所に絞って活動をしてきました。このため、毎回の訪問時のテーマが尽きてしまうことが心配でした。

しかし、継続が心配された集会のテーマは、参加者の意外な次の発言で決まりました。「先生の着ている服は動きやすそうでオシャレだね、私もそれを着てみたい。」それはTさんが着物地から自分で洋服 にリメイクしたものでした。そこから、「T先生監修、古着物から洋服への再生」がテーマとなりました。

以後、毎月2回旧館仮設住宅を訪問し、被災者と共に「和風布の仕立て」を行ないました。そして、被災者の方が半年間に作った作品をお披露目するため、ファッションショーを仮設住宅で開催しました。作った人がモデルになって赤い絨毯の上を歩き、みんなの笑顔が溢れました。

また、被災者男性グループとの傾聴活動中、被災者の男性リーダーから、「仮設の風呂は狭く、リラックスできないから、手足を伸ばして湯につかりたいので、温泉に一緒に行ってくれないか」と誘われました。遠刈田温泉一泊二食・送迎バス付・5名以上・費用 6,650 円ということでした。そこで、20126月に総勢 8名、費用は割り勘で行きました。

遠刈田温泉では、「震災以来、初めての温泉、カラダと心の疲れが取れた」などと会話が弾みました。その時、「ところで、オリーブの会はどんな団体ですか?」という問いかけがありました。

そこで、「カトリック八木山教会の有志の集まりでボランティア活動をしています」と自己紹介したところ、今までの活動で打ち解けているため、教会のイメージが抵抗なく受け入れられたようです。これが、ボランティア活動から福音宣教の範囲に踏み出した第1歩です。

さらに、2013年の花見では、仮設住宅の方々のご要望で八木山教会に近い、三神峯公園に行くことにしました。そこで、今回の花見では八木山教会に立ち寄っていただき、聖堂を見ていただくことにしました。聖堂に入った仮設の方々の感想は、「教会のイメージが変わった」「明るくて親しめる」と好評でした。こういう事もあり、次の2014年の花見は白石城に行きましたが、全員が白石教会の聖堂でホセ神父様の説明を聞き、ホセ神父様が先頭で旗を持って案内しながら、お花見会場の白石城に向かうことができました。

 
 
(白石城での花見)
 

4.教会協働への発展

さらに時が流れ、復興が進むにつれ旧館仮設住宅は201631日に閉鎖になりました。このため、オリーブの会も解散かと思いましたが、被災者の要望で、場所を変えながらも関係が切れることはありませんでした。

 
 
(亘理地区での活動拠点の変遷と鎮魂の碑の場所)
 
 

その後、公共ゾーン第3仮設集会所での活動になり、そこも閉鎖になりました。

そのため、2016622日に急遽、亘理教会のご厚意で、教会をお借りしての開催となりました。傾聴の回数も亘理教会で103回目になりました。

これが、教会協働の始まりです。オリーブの会として3ヵ所目の活動場所になります。

 

被災者に寄り添う歩みを続けるうちに、亘理教会と八木山教会の教会協働という形が定着しました。さらに、元寺小路教会、田園調布教会など他教会の支援を受けて、これまで活動してきました。これまで多くの人の祈りと支援に支えられたお陰だと感謝しています。

 
 

5.鎮魂の碑

 

2019311日にカトリック亘理教会で東日本大震災追悼・復興祈願ミサを行った後、鎮魂の碑に向かうと、オリーブの会の被災者側リーダーの方が鎮魂の碑の前で待っていてくれました。「待っていたよ」と声をかけてくれたので、びっくりしたのと同時にうれしさが込み上げてきました。

 
 
(鎮魂の碑前での追悼)
 
2024311日も、亘理教会で東日本大震災追悼・復興祈願ミサを行った後、鎮魂の碑で黙想と祈り、そしてその終了後、琴の演奏をしました。   
 

6.近況(聖体奉仕と花見)

 

活動開始から10年以上経過し、教会協働の軸となってきた八木山教会でも、当初、活動の中心だった世代は、後期高齢者、超高齢者となり、今では、多くの方がミサに来られなくなっています。このため、八木山教会では聖体奉仕者を増やし、ミサに来られなくなったメンバーに聖体を届け始めています。聖体奉仕者はチームを組み、2ヶ月に一度、信徒に聖体を届けています。(カトリック新聞2024414日付け)

また、2024410日は、花見に行きました。亘理町からマイクロ2台で青葉城、八木山教会のルートで移動しました。 昼ごはんは八木山教会で、お餅、あんこ、ずんだ、きなこ、納豆などです。八木山教会から派遣するスタッフはコロナで最小限にしていますので、亘理町まで行くことができなかったスタッフと亘理町の皆様との再会を果たしたいという思いが、この花見の背景にあります。

 
   
(八木山教会での花見と昼食)
 
 

最後に

 

復興が進むと、弱い人々が徐々に取り残されます。例えば、高齢者で一人住まいの方などは仮設住宅では目が届きますが、復興住宅になると見えなくなってしまいます。被災者もオリーブの会の仲間も高齢化してきていますが、今後もオリーブの会の活動を続けていきたいと思います。

 
 

連絡先   代表者 亘理教会 長嶋治夫

広報担当 八木山教会 野田和雄